青春スプレヒコール
「いや……、別に問題無いですよ。続けてください」
いいえ、問題有りまくりだ。山積みだ。国の借金と同じだね、なんていう冗談では済ます事は出来ない位だ。
ただ、元女優志望の私の心に火がついたのか――相変わらず私・月島咲良は、赤の他人・朝倉梓を演じ続けていた。ある意味、怖い話だ。
「これ言っちゃって良いのかな――文化祭で上演する劇は恋愛ものの劇なんだけど、脚本通りではラストシーンで主人公の告白に対して、彼女が演じるヒロインが振る流れになっているんだ。でも、実はもう一つの脚本ではその後に、ヒロインが主人公の恋敵に告白することになっていて、彼が彼女を振ってしまうんだ。そして、次第に彼女の目は次第に主人公の方に向かっていき、やがて彼らは幸せな恋人関係になる――という話なんだ。……凄いでしょ、このサプライズ」
「……うん、凄い。良い話だね。でもさ、こんな上手い話考えたのは本当に君なの?」
春日は首を二度、三度横に振った。どうやら、違う様だ。では、一体誰が計画したのだろう――私は思考回路を限界ぎりぎりにまで回転させながら、この結論を考えた。ただ、答えはそう簡単には導き出せない。恐らく、定期テストで「恋愛」の科目があったのならば、間違いなく今の私は爆死していたのだろう。
「違うよ、僕が月島さんの事を好きだって知っていた幼馴染みの子だよ」
「……具体的に言うと?」
「今回、脚本を書いてくれた文芸部の子。僕が彼女に、何か特別な依頼をした訳でも無いんだけどね。……でも、同じ部活の友達や先輩が協力してくれることになってたんだ。まるで、彼女の創り出したコースター上でひたすら回り続けるハムスターみたいに。でも、いつの間にか僕も凄い乗り気になっていたんだけどね」
脚本を書いてくれた文芸部の子――あ、松田さんか。凄いな。彼女は一つの部活どころか、一つの行事、すなわち文化祭まで支配しているのか。つまりは、私も春日も土田も木原も金崎さんも――皆彼女のコースターで走っているハムスターか。
「大丈夫、ハムスターはその目標に向かってひたすら走り続ける前向きな動物さんだから。だから、絶対に何が起こっても後悔しない事――そうすれば絶対、良い結果が出るはずだよ。私はそう信じているから」
脳内で思考を行う器官がかなりの割合で崩壊していた私は、やはり女優モードになってしまっていた。家に帰った後の私がこの件を通して、人間というもの怖さを味わう事になるのは言うまでもない。
「有難う……、梓さん」
気付けば春日はその目に少量の涙を浮かべていたが、それを邪魔するかのように彼の電話が不思議な音を流しながら震え出す。ただ、彼の恋心に関するその事実を知ってしまった私には、その着信音がラブソングともいうべき歌詞ではあった事などどうでも良かった。
「あ、部長からだ」
春日はその画面に書かれた文面に視線を向けつつ、その内容を読み上げた。
かなざき:連絡、遅くなってごめんねm(__)m
提出物が溜まりまくってたわ(笑)
ところで、どう? 妹川祭りエンジョイしてる? |д゚)チラッ
今頃、春日は月島さんと楽しんでる頃かな……
取り敢えず頑張ってね!(^_-)-☆
「……部長、絵文字多すぎ!」
それが春日の第一声だった。部長を始めとする演劇部部員の連絡先を知らない私にはそれが初めての光景に感じられたが、突っ込んでおくべき問題はそこでは無かった。
「春日君、画面閉じて貰っていいかな」
私の表情がまるで悪魔のように見えたのか、春日は以下の文面を光の速さで入力し画面を閉じた。
Shinji:僕の心配をする前に、早く提出物をやりましょう。
追記 月島さんは風邪で休みらしいです――嗚呼残念だあぁ。。。
あえて春日目線で例えるのならば「浴衣を着た悪魔」と化した私は彼の文面に頷きつつ、彼の眼の前にいるであろう私を風邪人扱いした事に腹を立てていた。
そんな私に、恐る恐る春日は話を切り出した。
「……この恋が叶うかどうかは分からないですけど、何だかあなたの言葉に勇気を貰いました。だから、これからもこんな風に会ってもらってアドバイスして欲しいんです。――構いませんか?」
悪魔に怯えた春日は、若干敬語になりつつ私の返答を待った。私は「ちょっと待って」と一言添えてから、その答えを述べた。
「勿論だよ――、これからも一杯アドバイスしてあげるから」
「梓さんは頼もしいですね、ははは」
春日はそんな様子を見て、感心しているかにも見えた。ただ、何よりも彼の表情が笑顔で埋め尽くされていたのが、とても印象深かった。気付けば私は、彼につられるようにして顔に笑みを浮かべていた。
「連絡先、交換する?」
春日に私はその旨を問いかけた。自身の電話番号を教えていなかった私は、彼とのメール上のやり取りでは朝倉渚という別の人物を演じる事が出来たからだった。さらに、彼の恋心は私が演劇をするうえで知っておくべき要素だったからでもある。
「……是非」
春日は迷わず携帯電話を私のそれに近づけた。
『通信完了 一件の連絡先データを受信しました』
連絡先の交換が終わった後、春日は私が再び予想が出来なかった言葉を吐いた。
「えっ、サクラって書いてあるけど……」
それは正真正銘、私の本名からとったアカウント名だった。――まずい。早速、さっきの事が嘘だってバレてしまうと、間違いなくここが修羅場になってしまう。
「……あ、そういえば苗字は朝倉でしたね。何となくスペルが似てますし……。そうか、あだ名か何かでしたか」
「は、はは、はははい……。やっ、やっぱり、かかか、勘違いですよ……」
先ほどのやり取りで脳内の器官の機能が破たんした私は、改めて意味不明の言語でリアクションを取っていた。
でも一先ず、ここはやり過ごせたので私は安堵した。
彼が右手の時計を確認すると、席を立った。
「もう十時前ですか。早いなあ、時間の流れって」
「……そうですね」
私も一緒になって席を立つ。
「ここからが妹川祭りのメインイベントですよ。ほら、向こうを見て」
私が彼の指差した妹川の河川敷の方を見上げると、舞台の司会者の一人が大声でマイクに向かって叫んだ。
「さあ、皆! 空を見上げろっ」
ひゅるひゅるひゅる……どーん どかーん
ひゅー…… ぼーん どばーん
その空には無数の花が咲いていた。本当に綺麗な花だ。
「……いつか、こういう光景を月島さんと観に行きたいんです」
春日が私の方を向いて、話し始める。
「叶うと良いね」
私はもう一度、空を仰いだ。
私が余りにも壮絶すぎる体験をした妹川祭りが終わり、暦はお盆辺りの日付を示していた。丁度この頃になると、夏の暑さがますます私達を苦しめるのである。
あの太陽に捧ぐ。
凍えた世界を明るく照らすのは、確かに良い事だ。
でも、世の中には限度ってものがあるじゃないか。
何事も、程々くらいが一番良いのかもしれないなあ。 さくら
――私の心の叫びである。勿論、この文面を誰にも伝えるはずなど無い。
もしかすると、あの時の春日にも似たような事が言えるかもしれない。