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安堂 直人
安堂 直人
novelistID. 63250
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青春スプレヒコール

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 二人が眼を合わせたそのタイミングで舞台発表のダンスが終わり、司会者が締めの台詞を言い出す。春日は自分の時計を見るなり、何とも言えないような表情を見せた。
「もう、こんな時間なんですね」
 春日の一言に押されるように右手を確認すると、時計の針は八時十四分を指していた。
「そうですね。やっぱり、楽しいと時間の流れは早く感じますね」
「……ははは、そうですね。因みに、貴方の名前は何でしょうか」
 あの妙に特徴のある笑い方を私に披露した春日は、私に質問を投げ掛ける。それにしても、彼はまだ目の前の私の存在に気が付いていないようだ。彼が鈍感なのか、普段の私と今日の私の見た目のギャップが違うのか――その答えは容易なものだった。ずばり、後者だ。
 長い髪を普段は括っていたであろう私が髪を贅沢に肩に下ろし、着慣れない人生初の着物を着せられ、いつもなら掛けているはずの赤い縁の眼鏡も今日は付けず裸眼である。
 以上の事から、私は事実を彼に話す事は無理だろうと結論付けた。実際、信じてもらう事も不可能だと思ったからだった。
「あ……、朝倉梓です。普通の高校一年生です」
「学校は何方の高校ですか」
 適当に嘘を吐いておこう。
「……兄瀬(あにせ)高校です。兄瀬駅の近所にある学校です」
「兄瀬って、府で一、二を争っているあの進学校の?」
「あ、まあ……」
 その兄瀬高校が、私が高校受験の併願校として見事に不合格となってしまった学校である事は、間違っても彼に言えるはずは無い。
「いやぁ、凄いですね。僕は的場東高校で演劇している高校一年の春日伸路と言います」
 あなたの事は知ってます、そう本音では言ってやりたい気分だった。ただ、別人を演じている身としてはそれは禁句だった。もう私には、無理矢理話の辻褄を合わせる道しかない。
「宜しくお願いします……でも、同級生なんで敬語とか止めてください」
「分かりました。そうします、その方が僕も話がしやすいので……」
 春日は同級生の私にすら謙遜しつつも、すんなりと了承した。
「それにしても、梓さんって可愛いですね。その長い髪とか綺麗な浴衣とか――モデルさんみたいな感じで」
 実は、春日が私の容姿を誉めた事は、彼と出逢って一か月の間でも史上初の事である。それどころか、容姿を褒められるのは人生初の出来事である。
 それに伴い私は気が動転したのか、意味不明な感情になっていた。有名な分厚い国語辞書ですら、この感情を明確に示す単語は掲載されていないのだろう。
「……あ、有難う。でも、こういう風に見た目を褒められる事が無かったので」
「意外だな。何処かのファッション雑誌とかに応募してみたりとかはしないの?」
「無い」
 私は彗星の如く、彼の意見をばっさり切り捨てた。
「女優さんとかになりたいとか――って思わないの?」
「無い」
 以下同文である。

 このような無駄なやり取りを数分重ねた後、私(※何故か別人を演じる事になってしまった身)と春日の二人の世間話は、自然と恋愛についての話に変わっていた。
「……梓さんって、恋人なんかいる? 如何にもモテそうな感じがあるし、絶対いるとは思うけど」
「いないな。恋愛なんて、生まれてからずっと私は無縁だったから」
 事実である。窮地に追い込まれるとクラスメイトには「勉強が恋人だ」と言い張る私は、実際は小説や漫画などのキャラクタ―などに、一方的な片思いをしていた。ただ、そんな事は絶対に人前では言えない話だ。
「ははは、そうなんだ」
 春日は再び、例の笑い声を披露した。
「じゃ、春日くんはどうなの?」
 私は彼の事など興味は無いし、そもそも「恋愛」という言葉がどうでも良いものである事は疑いないことだった。しかし、存在するはずの無い別人・朝倉梓を演じようとする余り、私は口が滑ってしまったのか、ふざけた文言を吐いていた。
「……えっ、僕?」
 彼は行わなくても良いであろう無駄な確認をしつつ、私が首を縦に振るのを待ってから話を始めた。

「僕も君と同じで、他の誰かと付き合った事は無いな……」
「へえ」
 昼間はあれだけ私達を追い詰めていたあの太陽はいつの間にか眠りに落ち、月が優しく地面を照らしていた。
「……でも今、密かに恋している人がいるんだ」
 先述したとおり、私は彼の恋愛事情などどうでも良かった。
「お、その子はどんな人なの?」
 ただ、興味本位になっていた私は本能を抑えられず、気付けばその彼に対して答えを促していた。
「さっき妹川駅で話してたあの虐められっ子だよ、月島咲良っていう子なんだけどね――」
「えっ……」
 彼の想定外の解答に、私は次に続くであろう一言ですら上手く返す事が出来なくなり、まるで時間が止まってしまったような気がした。


   5


「さっき妹川駅で話してたあの虐められっ子だよ、月島咲良っていう子なんだけどね――」
「えっ……」
 彼の想定外の解答に、私は次に続くであろう一言ですら上手く返す事が出来なくなり、まるで時間が止まってしまったような気がした。

「――それって、本当?」
 私は驚きを隠せなかった。
「うん、間違いなく。さっきも言ったけど、僕は演劇部所属で来月の文化祭でも劇を上演するんだ。そこで、僕は主人公を演じるんだけど、そのヒロインとして部活外から月島さんをスカウトしてみたんだ」
「で……、でも何で彼女をスカウトしたの?」
「僕はずっと前から――具体的に言うと同じクラスになった春から、彼女の事が好きになんだ。きっかけはとても些細な事だったんだ。一番初めの定期テストの答案が返却された時に、彼女が自分の答案を見て、ただ無表情でその答案を眺めていたんだ。窓際の席に座っていた彼女のその表情が何とも不思議だったんだ。それから、妙に彼女の事が気になり始めたんだ」
 次々と明かされていく真実に、私は地球上にあるどんな言葉でも表す事の出来ないような表情を見せていた。しかし、そんな真実を次々と暴露する春日の姿は演技などではなく、本音と言わざるを得なかった。
「因みに、彼女の答案は見えたの?」
「うん、見えたよ。日光に反射されて上手い具合に見えたんだ――九十八点だった」
 太陽の悪戯によって勝手に私の答案を見られてしまっていたので、私は怒りの感情を露わにしようとはしたが、この事件の容疑者でもある太陽にこんな感情をぶつけても意味は無いだろう、と気付いた私は込み上げる感情を深呼吸によって和らげつつ、彼の話を聞いていたのである。
「……月島さんって、頭良いんだね」
 今の私が一番言いたくはない台詞だが、話の流れに釣られるようにして私は嫌々と口にした。
「だってオール五だもん」
「わあ、凄い……それにしてもさ、文化祭の劇で彼女をどうするつもりなの?」
 自らがその我が身を自賛する異様な空気から脱出しつつ、私は建前上の台詞を吐いた。一応、私の事を「好きだ」と言った以上、この詳しい理由は問いておくのは不自然ではないだろう。

「彼女に文化祭の劇で告白するんだ」

「えっ…」
 やはり、参考書や数学の計算式などでは解けない問題は存在した。私には、とても理解しがたい話だった。
「梓さんは全く関係無い人なのに、こんなふざけた話を聞いてくれて有難うね……」
作品名:青春スプレヒコール 作家名:安堂 直人