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安堂 直人
安堂 直人
novelistID. 63250
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青春スプレヒコール

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 私は心の中で「あああああああああああぁぁぁぁぁぁっ」と悲鳴を上げたくなった。勿論、この大都会・妹川駅であんな雄たけびを上げるのは人として情けない事だ。
 夏休み明けの全校集会で「妹川駅で雄たけびを上げた女子高生が警察に補導されました。良い子の皆さんは、時間や場所・場合をよく考えて雄たけびを上げましょう」だなんて声明が発表されたらたまった物じゃない。
 しかし、この事態の収拾はもう付かない。
 結局私は今年も孤独の身になるのか、そう思わざるを得ない状況だった。
 ただ、親にせっかく着せてもらった人生初の浴衣も、アレンジしてもらった長い髪も、演劇部の面々に今日の私の存在を知ってもらうことも――まだ私にはやり残したことが沢山あった。
 そんな事を脳裏で駆け巡らせつつ、私はいよいよ行動に出た。


   4


 妹川祭り――それは毎年八月に行われる祭りであり、規模の上では大阪府内でも指折りの物だ。
 住民が主となって行う出店の数は八十店を数え、舞台や路上パレードでパフォーマンスを披露する団体は年々増え続けている。
 その賑わいは、普段の私が妹川駅界隈から祭りのメイン会場でもある妹川緑地公園へ行く時間が数分だとすると、今日の場合二十分程も掛かってしまう位だった。
 当然ながら、私は「もう彼らに会うのは無理だろう」と思っていたので、仕方なく人生初の祭りを満喫していた。
 道端でげらげらと笑う学生やサラリーマン、極め付けはカップルが複数いる様子を見て、私はこう呟いていた。
「……今年もぼっちか」
 勿論、それも承知の上だ。
 
 数分歩くと、私は目の前に出店を発見した。
 焼きそば、フランクフルト、たこ焼、フライドポテト――。
 長年一人で【季節】など無い世界に閉じこもっていた私にとっては、とても不思議なものだった。

『外の世界も、案外楽しいかもしれない』

 そんな事を呟きつつ、私はある出店の行列に顔を出す。胸を躍らせながら注文を待つ私に、その店の店員は声を掛けた。
「……どうぞ。次の方」
「あ、私ですか。六個入りのたこ焼一つ下さい」
 やはり、初めての注文とだけあって私は緊張していた。まるで、幼い子供がお使いに行くような感覚だろう。
「はい、承りました」
 その陽気な店員が癖のある声で返事を返すと、奥にいた別の手が彼にその品物を手渡す。その商品に、彼が凄まじいスピードでマヨネーズをかけていく。私は、この様子に呆気にに取られていた。
「……凄いな」
「いえいえ、全然凄くないですよ。まだまだ若手ですから」
 私が彼を誉めると、彼は照れた様子でそう返していた。彼の謙遜ぶりは私も是非、見習わせていただきたい。
「はい、お待ちどうさん」
 私が小銭を数枚出すのと引き換えにして、彼が出来立てのたこ焼を差し出す。
「あざっしゃぁー」
 意味不明の掛け声――恐らく「有難うございました」の意――が私を包む。本当に、癖のある人だな、と私は改めて痛感した。

「……それにしても無茶苦茶賑わっているな、この妹川祭りは」
 いつの間にか木原の荷物係になっていた土田が言った。彼の両手には、食べ終えた後の容器が一杯に入った袋を携えていた。
「確かにそうだな。でも、まだ食べ足りないな」
 木原だった。それにしても、これだけ食べても彼が太らない理由が分からない。不思議なものだ。
「もう荷物係は止めてよ。俺は木原の奴隷じゃないんだから」
「ははは、面白いな」
 春日が化け物のような笑い声を上げる。
「大丈夫、次でラストだから」
「お前の『ラスト』宣言、何回目だよ」
 土田が鋭く彼の急所を突く。
「……さぁ、六回目位かな。分かんないわ」
「何円分食べたの」
 木原が指を折りながら勘定をした後、こう答えた。
「千二百円」
「いやいやいやいや……」
「祭りでそれだけ食べるって、木原の胃袋凄いわ。一個百円位だよな……そう考えると、十個は軽く食べている事になるよね」
 春日と土田は彼の食べっぷりを怒るどころか、寧ろ尊敬してしまっていた。
「――ていうか、何で木原は春日には食べた容器の塵を持たせないんだよ。虐めとか止めてくれよ……。奴じゃないんだから」
 春日は、少し誤魔化しながらも「ははっ」と笑って見せると、彼らにこう返した。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
 春日が立ち去ったのを見てから、彼らは話を再開した。
「……あ、そうか。春日に奴の話は禁句(タブー)だったもんな」
 土田が木原に優しく突っ込む。
「そうだな。後で『御免なさい』って連絡しておこう」
「ああ」


 私は生まれてきた時から、何かと変わった少女だった。

 普通なら幼稚園や保育園に通うであろう年代の時には、その様な場所で他の子ども達と戯れ遊ぶ事は無く、我が家のテレビを占拠していたそうだ。しかも私が見ていたテレビの内容は、天気予報やニュースばかりだった。民放のバラエティー番組には目を合わせることは決して無く、それが小学校に入る直前までもの間にわたって続いたそうだ。当然の事だが、親はこの娘の様子に罵る事もあった。ただ、そんな変人・月島咲良を温かく受け止めてくれた両親の存在は有難いものであり、大切だということだ。
 そんな両親も流石に、私が小学校に進学すると学校に通わせてきたものだ。やはり、親といえども変人といえども義務教育という国の法律には逆らえなかった。これに勝てる人物などはこの世にいないだろう。もしその存在がこの世にいたとしたのなら、今頃多くの人々がそれに憧れ依存していただろう。しかし、現実はそんなに甘い訳など無い。
 勿論、私はこの法律に逆らう事無く日々の授業を受けていた訳ではあるが、私が予想していたよりも遙かに勉強というものは楽しく、為になるものだった。世間一般的には、「小学校の勉強だから」という理由があるかもしれないが、私は現在――高校の勉強でも心から楽しませていただいている。そうでなければ、虐められっ子の私は日々の学校にさえ登校はしていなかったはずだ。間違いなく。
 既報の通り、私はこの後の数年間の学校生活では大した明るい思い出は無い。ただ、教科書や参考書といったものに私は救われてきた。簡単に要約すると、私は勉強に恋をしている――そう考えてみると、全ての文言が説明出来る。

 何かと物騒な世界ではあるが、意外と外(ここ)も悪くはない――そんな事を私は考えていた。
 祭りで賑わう妹川の人々や、げらげらと笑う若者達を見て、私は自然と笑顔が生み出せるようになっていた。まるでテレビの天気予報が十二星座占いであるかのように、蟹座の私は綺麗な夕焼けを見せるこの橙色の空を見上げていた。
「……綺麗だな」
 それこそ根拠など無い感情ではあるが、数学の計算式などでは証明できないような難題がこの世にあったって問題では無いのだろう。

 私があの橙色の空に心を奪われていると、公衆トイレの辺りから見た事のある人物が現れた。初めは遠くてはっきりと見えなかったが、近くなるにつれて私は確信した――春日だ。
「あ、さっきの人ですか……どうも」
「どうも」
作品名:青春スプレヒコール 作家名:安堂 直人