青春スプレヒコール
「……まあまあ、落ち着いてよ皆」
この様子を注視していた春日が、ようやく仲裁に入る。これも我が演劇部では見慣れた光景である。先月に初めてこの部活に顔を出した私ですら、何度も観て来た光景だった。
「取り敢えず、食べよっか」
私はこうやって皆を座るように促し、皆が食べ始めるのを見て箸を動かし始めた。
今日の私が選んだのは、カキフライ弁当だった。一緒に入っていた添え野菜には、付属の和風ドレッシングをかけて食べる。間違っても、木原の様に若芽ふりかけをかけて食べることは無いだろう、一生。そう誓っておこう。
「ところで、今日って何時まででしたっけ……」
早くも弁当を食べ終わった木原が言う。
「確か、五時までだけど」
金崎さんがそれに対して答える。
「でも、今日みたいに暑い日に――しかも、これだけ暑い昼間を駆け抜けて練習するなんて、幾ら何でも拷問ですよ」
「そうだな……、一理ある。せめて祭りとかが近所であったら、思い切り涼めるんだけどな。まあ、現実はそんなに甘くないよな」
金崎さんが本音を吐く。恐らく、先輩が嘘を吐くシーンは無いだろう。それ位、真っ直ぐな性格の人間だ。
「……甘いですよ、現実は」
春日がこう自信満々に、切り返す。
「何っ」
少しわざとらしい気もするが、金崎さんは驚いていた。勿論、私も祭りの夜に涼めるとあって、大変嬉しかった。
「本当に?」
私がこう言うと、春日は話を始めた。
「ここら辺では、妹川祭りってのがあるんです。毎年夏にやってます。割と楽しい祭りですよ。一杯出店もありますし……」
「えっ、知らなかった……私も妹川に住んでいるのに」
ずっと妹川に住んでいたはずの私は所謂「ぼっち」の為、この祭りの存在を知らなかった。でも、この理由を嘘で包み隠さず部員達に伝えるのは、少しやりにくい話だ。――よって、却下。
「妹川に住んでいる人なら行った方が良いよ。絶対楽しいし」
「分かった、行ってみる」
私にとっての楽しみが一つ増え、まだ少しではあるが心が躍っている様な気がした。
「楽しみだな」
食べ物に目の無い木原は、すぐにこの話に乗った。恐らく、彼にとってこれだけ有難い話は無いだろう。好きなだけ出店の食べ物が食べられる訳だし。
「じゃあ、今日は部活を早めに切り上げて、妹川祭りに直行な」
皆は無邪気に喜んでいた。まるで、宝くじで一等に当選して億万長者になったかのようだった。
「賛成」
「そうしよう!」
「だな」
「うん」
その歓声が静まると、春日は話を切り出した。
「集合は妹川駅にしますか。そこから歩いて数分の公園で祭りがありますし……」
「そうだな。それじゃあ、今日は昼ご飯食べたら解散な――とにかく、好きにして良し」
金崎さんは、淡々と会話を纏めた。
「祭りが六時スタートで十時過ぎに終わるらしいので、六時半位に妹川でどうですか」
「よし、了解。じゃあ、忘れないように来いよ……あと、休む場合は連絡するように」
そう言うと、自転車通学の金崎さんはその場を立ち去った。恐らく、このまま家まで突っ走るのだろう。さすが、行動の早い部長だ。ああいう所はやっぱり尊敬できる器の持ち主だ。本当に凄い人だ。
「……文芸部の松田さんも誘っていい?」
私は彼に尋ねた。この劇の脚本を書いてくれた人でもある彼女と、もっと仲良くなりたいと思ったからだった。
「でも、松田さんはクラスの劇の脚本も書かないといけないらしいから、無理だと思うわ」
「分かった。じゃあ、次の定時バスが来るまで練習する?」
部屋に残っていたのは、私も含めて4人。一人が帰ったとはいえ、十分な人数だ。
「うん」
私達は、一斉に緑色の脚本に手を伸ばした。
私は、祭りの為の集合場所である妹川駅の改札口にいた。
妹川駅は、この辺りでは比較的大きな私鉄の大きな駅である。最近では、駅周辺のマンションの開発が進み人口が急速に増えたため、特急を含め全ての列車が停車する巨大ターミナルとなった。また、バスターミナルや近隣の道路の整備も進み、賑わいを見せている。元々、妹川の近くには姉川という別の川も存在し、その二つの河川に挟まれた地帯を「双子の川」から双川といった。余談ではあるが、妹川駅の一つ隣の駅が姉川駅である。ただ、こちらの駅には各駅停車しか停車しない訳で、地域間格差も最近では目まぐるしい。
時計の針が六時二六分を指し、集合時間のおよそ四分前を告げる。
「早く来ないかな……」
私が呟いた言葉は、祭り当日の人混みの中へと一瞬で溶け込んでいった。すると、私の眼の向こう側に見慣れたことのある人達がいた。演劇部の面々だ。
左から順に春日、土田、木原の三人で、皆が甚平を着ていた。しかし、金崎さんの姿は見当たらなかった。それにしても、日本は何とも風流な国だ――親に半ば強制的に浴衣を着させられる羽目になってしまった私が言うのも、ふざけた話かもしれないが。
「あれ、月島さんは?」
「まだ来ていないんじゃないかな」
「そうみたいだね」
何とも様子が可笑しい。確かに、私は人生初の浴衣を着ている。さらには、「咲良が祭りに行くのは何年ぶりかしら」とまるで祭りを楽しんでいるかの様に調子に乗った親が、髪の毛をアレンジするという途轍もない事をしてきたのである。
普段、高校の校則の為に髪を括る必要がある私ではあるが、今日の私はその長い髪の毛先をカールさせ、括る事の無く贅沢に下ろしていた。さらには、前髪を得体のしれない物体(注・ヘアピン)で止められる始末。
イコール、今の私は友達ですら「お前、誰だよ」の状態であった。
どうすれば彼らに気付いてもらえるかと考えているうちに、集合時間になってしまった。四分も考えてたんだな。本当に、自分が馬鹿馬鹿しく感じられた。
改めて現実を嘆いているその瞬間、彼らの方から私に声を掛けて来た。全く、せっかちな人達だこと。
「……すみません。背が高いのにも関わらず猫背で、比較的暗いテンションの女子高生って見ましたか。僕らと待ち合わせしている子なんですけど」
土田が私に尋ねてきた。余りにもリアリティのある批評だし、私もそれを認めざるを得ない。実際、好きでこういうキャラクターを演じている訳ではない。
「その子の名前は何ですか」
「月島咲良――って言う、高校一年生です」
「滅茶苦茶暗いもんな」
木原の声だった。勿論、この批評も間違いは無い。
「……月島さんは虐められているんですか。そんなに酷く言わないであげてくださいよ。彼女が可愛そうですし」
何故か他人を演じようとする私。ある意味、演劇部員としては「有り」の行動かもしれない。
「確かに、そうかもな」
「よくよく話してみると面白い人だからね」
「すみません……忙しい所、有難うございました。じゃあ、先に行こうか」
全ての事情を熟知していた私に対し、彼らはその場を去った。
ただ少し後、私はその現実に気付いた。
『……ぼっち、だ』
分かり切った事だが、私は約束をした相手と会ったにも拘らず、彼らに私の存在価値を知ってもらえずに別れたのである。