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安堂 直人
安堂 直人
novelistID. 63250
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青春スプレヒコール

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「はい、有難う。それじゃあ、今日はここで解散――」
「え、演劇部って文化祭の後に打ち上げみたいなイベントしないんですか」
 疑問に思った木原が金崎さんが問う。
「……基本、無いよ。クラスで打ち上げあると思うし、そっちを優先して」
「了解です」
「では、僕ら打ち上げ行くんで帰りますね」
 三組の私とはクラスが違う土田と木原の二人は、手早に荷支度をして部屋から立ち去っていった。
「お疲れ」
 彼らが出たのを確認すると、束の間の沈黙をおいて金崎さんが彼らに声をかける。
「じゃ、俺も帰るね……。恋人同士楽しく過ごせよ――、な?」
「……は、はい」
 伸路の表情が余りにも生き生きとしていたのは言うまでも無い。
「勿論ですよ」

 彼が決め顔で金崎さんを見送ると、私の方を向いてこう言った。
「この後どうする?」
「どうするって、何も――そのまま帰るけど」
 私は恥じらいながらも、何とか聞こえる程の声の大きさで答えた。
「え、クラスの打ち上げ行かないの?」
「……うん。どうせ行っても、良い事無いだろうし」
「そんな訳無いよ、きっと今日の劇を皆が観てくれたはずだから。クラスには僕だって、三田さんだっているから――安心して」
 そう言って伸路は荷物を持っていた私の右腕を引っ張り、廊下に連れ出した。
「本当に行くの?」
「うん、きっと大丈夫だから。僕に任せといて」
 伸路は自信満々に部屋の電気を消してから鍵を閉めると、再び彼の左手は私の右手に触れた。
「……分かった」

 学校から出ていた定時バスの最終便に乗り、私と伸路の二人はクラスの打ち上げが行われる妹川駅近郊の路地にやって来た。
 私達の眼の前に大きく掲げられたその店の看板には「焼肉」の文字があり、それを観た大抵の女子はカロリーを気にし、きっと一喜一憂する事だろう。無論、私もその一人ではある。
 今年の文化祭でクラスとしては展示発表しかやっていないのにも関わらず、人間というものは相変わらず不思議な存在だ。何故か、祭りの後の人々は宴を求めようとする。
 不思議なものだ。
「ここみたいだね」
「うん」
 既に妹川の夏空は若干ではあるが、薄暗くなってきていた。
 時計の針は七時十五分を指していた。打ち上げ自体が七時頃から始まっていたそうだが、もうある程度盛り上がりが最高潮に達しようかというタイミングでの途中参加はただでさえ辛いものだ。
「入ろうか」
 扉を開けた伸路の後をついていくように、私も続いて店内に入った。
 店内は割と落ち着いた雰囲気で、派手な部屋で夜を明かしている私は驚きの余り無表情になっていたそうだ。
「……すみません。的場東高校の一年って、何処で食べてますか?」
「的場東は二クラス来ているね。三組があの通路を進んだ一番奥の大広間で、五組がその二つ手前の部屋ね」
「有難うございます」
 何やら優しそうな店員が伸路を応対した。こういう時に積極的な恋人の存在は有難いものだと痛感させられる。
 店員に指示されたその通路を辿ると、確かに奥の方が賑わっているのがよく分かる。
「あ、大広間あったよ」
 私は大広間を発見し、指差した。
「よし……、入りますか」
 伸路は思い切り扉をこじ開けると、中にいた大勢のクラスメイト達が一斉にこちらの方を見る。その中には、今日の文化祭で仲良くなったメグもいた。
「遅かったね二人とも」
「……春日君は恋人同伴ですか。くっ、仲良くなりやがって……羨ましい奴だ」
 後ほど私達の前で披露する事になる対カップル三原則を自身の信条にしている矢沢が、泣きながらこちらの方を見ている。
「また矢沢だよ」
「早く恋人作れよ、ザワ」
 彼に対する野次の罵声が飛ぶ。
「ザワ、うるさい。僕達は付き合ってなんか無いから」
 伸路は彼の言葉を華麗な嘘で誤魔化そうとしていたが、明らかにその嘘が表情から見ても見透かされても可笑しくはない程に彼は赤面だった。
「……しっ、伸路君の言う通りだよ。たまたま演劇部の片づけで同じタイミングになっちゃっただけだって」
 私は今できる限りに伸路を援助した。
「まあ、良いじゃん。今日は文化祭の思い出話をしようよ……でも、三組は展示発表だしネタはすぐに尽きるだろうけど」
 普段からクラスを取り仕切っているクラス会長の有原が、自身の自虐的内容を含めながら言った。
「そうだね」
「話すネタが無いなら、演劇部の二人の話で良いじゃないの」
「……月島さんはまだ入部前だから。正しくは演劇部員一名とゲスト一名」
次第にではあるが、クラスメイト達にも彼に同調する支援の輪が広がってしまっていた――残酷な程に一致していた彼らに私は嫉妬しそうになっていた。

『こんな風に、これから過ごしていけたら良いな』
 私は心からそう願っていた。
 三組の皆とも。
 演劇部の皆とも。
 そして、恋人とも。

「……月島さんはこっちね、春日君の隣」
 私はいつの間にか数名のクラスメイトに身柄を拘束され、身動きの取れないままに彼の隣の席に誘導させられていた。
「咲良ちゃん」
 伸路のいる方とは逆から何故か聞き覚えのある声が聞こえてくるので、私はそこを振り向いてみるとメグがいた。
「メグ、どうだった? 私達の『プレゼント』は」
「うん。咲良凄い可愛かったよ。あんな風に普段から可愛い人だったらなあ。頭も良いし」
 私はあくまでも劇の感想を求めただけだが、私の成績を知る彼女は自然と話を変えていた。実際、そんなに私は凄い人ではないと思うのだが……、でも褒められるのは怒られる事よりも数倍気分が良い。やっぱり、今日は気にしないでおこう。
「有難うね。今日はメグと色々な所に回れて本当に楽しかった。これからも宜しく」
「……うん、勿論だよ。だって友達でしょ。あはは」
 メグが微笑していたので、私は彼女以上に思い切り笑っていた。
 すると、伸路の携帯電話が震える音がした。
「ねえ咲良」
「何?」
 突然の文面に驚いた様子を見せた伸路は、私に対して疑問符を並べていた。
 やばい。バレたかもしれない――無論、妹川(まいかわ)祭りで別人を装う羽目になった件である。
「これ部長から今来たメールなんだけど、咲良の連絡先が知り合いと全く同じで何か可笑しいな……って思って」
「その知り合いって?」
「朝倉梓ちゃん。妹川祭りで会った、浴衣を着た可愛い子」
 どうやら、その嫌な予感が的中してしまったみたいだ。
「……うん。間違いなく、その可愛い子は私だけど」
「ええええええええええぇぇぇぇぇっっっ!」
 伸路は、まさに雄たけびという言葉に相応しい大声をあげた。それと同時に皆が一斉に私達の方を振り向き、一部屋挟んで打ち上げをしていたはずの五組の何人かの生徒が通路から覗いていたのが見えた。
 彼はすまん、と軽く頭を下げると御構い無しに私に質問を続けた。
「嘘でしょ、咲良は梓さんほどは可愛くは無いって」
「私もそう思うよ――でも、化粧すれば化けるって言ったのは何処の誰かな?」
「……あ、そうだった」
 小規模ではあるが、一般的な焼肉屋さんの大広間で恋人になって初めての喧嘩を繰り広げる私達である。
「やめな、月島さん」
「えっ」
「……ザワ」
 私の背後から矢沢が現れ、周りが少し凍り付く。
作品名:青春スプレヒコール 作家名:安堂 直人