青春スプレヒコール
「有難う。で、何しに来たの?」
「神谷さんの事が大好きです――その気持ちを伝えに来ました」
台本では、この言葉に対して『御免なさい』と彼を振る事になっていた。ただ、劇の練習で彼の事
を何度も振るうちにある思いを抱くようになっていた私はここでとんでも無い事を閃いた。
「私も好きだよ、君の事」
当然だが、この言葉には観客だけでなく、彼を始めとする演劇部部員は驚くだろうと思った。そんな告白だった。だが、予め別の脚本の台詞も覚えていた部員達は妙に落ち着いていた。
「雨だった日に相合傘をした時からかな。あれから、妙に君の事が気になったんだ。君の事ばかり考えてたんだ。今となっては、君の存在が僕にとっての励みなんだ。何も変わらない穏やかな日々の中で君に出逢えた事――それが僕史上、最高の『プレゼント』なんだ。だから、神谷真央、僕には君が必要だ。絶対に必要なんだ」
私は何処か馴染みのあるその言葉を自分の名前に置き換えながら、その言葉を聴いていた。
恋に落ちた。
何も言えなくなった。
どうすることも出来なくなった。
私にはこの沈黙が長く感じた。
きっと、彼も同じだろうか。
「出来れば、時を止めてほしい」
それが私の願いだった。
そんな乙女な私がいた。
暗転後、私に橙色の台本が配られた。それは、あの発声用の冊子と同じ橙色で、表紙の端には「春日君、告白頑張って! 文芸部松田」という、まるで松田さんの本気度が伺える文面が印刷されていた。
「俺が三四一番の台詞を言うまでに出てこい。早く覚えろよ」
そう言い捨てて、斎内君を演じる金崎さん達が舞台に向かった。
「分かってますって……」
私はそう小声で呟いた。
舞台は大盛況だった。出来たての友達でもあるメグ達からも良い評判を貰えて、私は本当に嬉しかった。
部員達が部室に戻り片づけを始めると、私は春日に声を掛けた。
「春日君。これは私へのサプライズだったの? 私に告白するためだけに初めから台本を二種類作って貰っていたの?」
春日に騙されたふりはしておこう、という私の意思表示でもあった。
「そうだよ。部長にも、脚本を書いた子にも。他の皆にも。皆で考えてくれたんだ。騙してごめん、悪かった」
私は、そんな春日を力の限り抱き締めた。
「いいよ――寧ろ、楽しかったもん」
「でも、月島さんにあんな事言われるとは思ってなかったけどね――前から練習していて良かったよ」
そう笑う春日を見て、私も少し顔に笑みを浮かべていた。
「月島さん、次も僕の恋人役を演じてくれますか」
私は春日のその言葉に迷うことなく言い返した。
「恋人役は丁重に断ります。……だって、恋人役なんかじゃ足りないんだもん」
「えっ」
春日は一度驚くと、私の方を見てあの笑顔を見せた。
「私は伸路君と恋人になりたい――それ位、君の事が好きになっちゃったんだ」
「ははは、良かった。有難う」
その手に力を込めた。
「……瞳を閉じて」
春日はそのように私を促すと、少し時間を置いた。
正直、この時の私は甘い口づけを覚悟していただろう。
しかし、現実は軽く想像を超えたのである。
春日が私の肩を優しく二回叩くと、私は再び瞼を開けた。
「演劇部にようこそ」
私が演劇を通じて出逢った沢山の『プレゼント』――夢、希望、友情、感動、勇気、そして、恋。
ここに、私の青春の全てがあった。
8
衣装やセットなどを部室に片付け終えると、金崎さんが話し始めた。
「……取り敢えず皆、今日はお疲れ様」
部員達から「お疲れ様です」の声が響く。流石に全公演時間四十分もの長い劇を五人という少人数で行ったので、やり切ったという表情が誰が観ても見て取れる。
「まずは、春日君。告白成功おめでとう」
土田や木原といった面々が金崎さんのその一言に合わせるように、勢いよくクラッカーの紐を引いていた。最高潮の祝福ムードが春日に注がれていただろう。
「ど、どうも……。でも、結局は月島さんの方から言ってくれたようなものだし……」
「良いって良いって。形はどうであれ、私は伸路君の事が好きになっちゃったんだから――もう恋人同士なんだし、名前で呼んでくれていいからね」
私はやや顔を赤らめながらも、あははと笑っていた。
「よっしゃ! こちらからも喜んで名前で呼ばせてもらうね、咲良」
伸路はまるで子供のようにガッツポーズをして喜んでいた。本当に彼は純粋な人だ。
「……うん」
「それじゃあ、冬の大会についての連絡ね」
金崎さんは衝撃的な台詞を吐いた。
それは先程演劇部に正式入部する事をする事を決めた私には到底予想できない一言だった。そもそも、演劇部に大会があるのか――これは私の初感だった。だが、そんな私は甘かった。
「え、大会ってあるんですか」
「あるよ、毎年春と夏と冬に。簡単に言うと長い休みがある時には大会があるって覚悟しておいたらいいね。……でもこのところは部員も少なかったし、この前の夏も高一生が入って間も無い時だったから、実は俺にとっても初めての大会なんだ」
「なるほど」
私が納得すると、今度は木原が問いかけた。
「――で、どんな演目にします?」
「まだ決まってないね。でも、来月に一年生は研修旅行で沖縄に行く訳だから、そこでゆっくりと案を考えてきてよ」
「あ、そうか。もう沖縄旅行の季節なんですね」
土田が今思い出したかのような表情を浮かべていた。
「……だよな、つっちー。一杯アイデア考えないとね」
伸路が土田に言い返す。
「その前に、春日は恋人と沖縄を満喫しないとな、ははは」
「や、やめてくださいよ……部長」
金崎さんの一言に私と伸路はお互いを見合わせながら、笑顔で誤魔化していた。部員一同が笑いを上げる。
「良いじゃん良いじゃん。楽しもうね、沖縄」
私がさり気無く伸路を追い詰めるような台詞を言い放つ。
「……だね」
伸路は迷わず快諾していた。
「ところで、月島さんは携帯持ってる?」
木原のその声に私はぞっとした。何故なら、伸路を含め妹川祭りの件の真実を自動的に伝えてしまう事になるからだった。
「――あ、ああ、あっっ、持ってないです」
その状況に陥った私が変な表情をすると、金崎さんがさらに追い打ちをかける。
「本当か?」
「ほ、本当です」
私は次第に、金崎さんの威圧感に押されるようにして部屋の角の方へと追い詰められていく。
「連絡出来ないと大会遠征の時に困るんだよ。早く番号出せよ、その馬鹿みたいに嘘臭い表情はやめろって」
私は馬鹿ではありません、これでも学年で上位を争っている身なんです――と大声で泣き喚くのも有りかもしれない、と一瞬思いかけた。
「部長! 僕、月島さんが文化祭の時にベンチで携帯使っているの見ました」
ここで土田が援軍に加わる。これで私は負けを確信させられた。
「お、本当か。やっぱり俺の言った通りだ。早く出して」
「……はい」
私は怯えながらも素直に、鞄から自分の携帯電話を出す。
「よろしい。じゃあ、月島さんの連絡先は後で皆に送っておくね」
「はい」
金崎さんは私の携帯のプロフィール画面を出し、部員皆にメッセージを送るとすぐに、私に携帯電話を返した。