青春スプレヒコール
「いただきます」
私達はこれまで粘り強く生き抜いてきた生き物達のその命に感謝しながら両手を合わせ、焼きそばを食べ始めた。
ペットボトルに入っていたジュースが次第に口に吸い込まれていくにつれて、私達二人のガールズトークは次第に弾んでいった。
「美味いね、この焼きそば」
「うん」
私は笑顔でそう答えると、ある事を思い出した。
「そういえば、私って結構演劇部の練習でクラスの準備休ませてもらってたけど、今年は何をやるんだったけ?」
「今年は展示発表だよ。だから、何も教室で遅くまで残って作業はしてないもん」
「……ふぅ、良かった」
私は安堵した。
「え、知らなかったの? 咲良」
「うん。本当に知らなかったよ」
私達は「あはは」と楽しそうに笑っていた。
すると、彼女はポケットから携帯電話を取り出した。
「番号、交換する?」
「……うん」
私はすぐにそれを快諾し、自分もメグと同様に携帯電話を出す。
「――ところで、例の劇はいつあるの?」
今度はメグが私に質問をした。
「今で……は流石に無いけど、明日の昼一時からホールだよ」
私の脳裏には、かの流行語が思い出された。
「へえ」
メグは手慣れた手つきで携帯電話をいじりながら、納得したように話を聞いていた。
「交換終わったよ」
「有難う」
私がメグから自分の携帯電話を受け取りポケットにしまおうとした時、眼の前に土田が現れた。私達が持つ焼きそばを見た彼の手には、ゆかりふりかけがあった。
「よお、月島さん。これ、焼きそばにかけてみる?」
「要らないって」
私が全力でそれを拒否すると、意外な事に彼女が快く返事をした。
「良いかもね、試してみようかな」
「まずいって……、絶対に」
私が全力で引き留めようとするが、事態は既に遅く彼の手はメグのその焼きそばに向かって流れていた。それを如何にも美味しそうに頬張る彼女を観て、私はこの世の終わりを確信した。
「いや、美味いよ。これ咲良も食べてみたら?」
ここから、味覚に関する謎のトークが幕を開けたのである。
土田が帰った後も相変わらず、この場の賑わいは良い意味で続いていた。
「フライドポテトー!」と大声で叫んで宣伝をする者もいれば、劇の衣装を着て客を促す者や静かに部誌などを配布する者もいた。
「話を戻すけど、その劇ってどんな劇なの?」
「……タイトルは『プレゼント』っていうんだけど、簡単に言うと青春ものかな。割と面白いよ」
私はメグに向かって、やや緊張しながらも人生初の勧誘を行った。
「良いなあ。私も行ってみようかな、友達誘って」
「お、有難うね」
一先ず、私にとって初めてのプレゼンは成功という形で幕を閉じた。
「咲良の配役は?」
「……一応、ヒロインだよ。設定上では『学年一可愛い』人なんだけどね」
私は苦笑した。
「あへへ、大丈夫だよ。咲良は多分、ちゃんと化粧すれば可愛くなれるから。舞台で観るの、楽しみにしてるね」
メグの言葉は春日と似たような酷評ではあったが、私はこういう現実はちゃんと受け入れられる人間なので、割と納得するのは早かった。
「焼きそば食べた?」
「うん」
私は焼きそばの入っていた容器の中に折って小さくした割り箸を入れたものを、隣のごみ箱に捨てると、ゆっくりと席を立った。
「メグ、行く?」
「行こう! 次何処に行くの」
「……お化け屋敷が良いな」
「賛成!」
笑顔に包まれた私達はやがて、人の波の中へと消えていったのである。
「まもなく、演劇部の劇『プレゼント』の上演が始まります。まだ座席に座られていない方はお早く席にお付きください」
ざわめきの残るホールに、冷静すぎる放送部のアナウンス――。私は、この場所に立つことの意味を改めて噛み締めた。
結局、この日も水野君は来なかった。ただ、私の気分は最高潮に達していた。
「……始まるよ、皆」
金崎さんの声だ。
「頑張ろうね、俺達の晴れ舞台」
土田君が言った。
「木原、台詞間違えんなよ」
「百回位、目通したわ」
私は、笑いを隠すことは出来なかった。でも、お陰で緊張が解れた様な気がした。
「頑張ろうね、春日君。皆も」
「うん、見せてやろうぜ。最高の舞台を」
春日君が言った。
「行くぞ!」
「「「「おおおおっ」」」」
僕らは大きな声を上げた。
「それでは、演劇部の劇『プレゼント』の上演です」
アナウンスが終わったのを見た金崎さんが合図を送ると、やがて幕が動き出した。
『この春から私立高校に通う大塚優輝は、ごく普通の高校一年生である。しかし、彼のそんな日常は突然終わりを迎えたのである』
ナレーションが終わると、優輝役の春日が放課後に教室で本を読んでいるシーンが明転される。このシーンが、私が演じる真央と優輝の出会いである。
「こいつ、また本読んでやがる」
廊下を通りかかった男子生徒が嘲笑しながら、通り過ぎていった。優輝が外を眺めると、雨が降っていた。そして、少し驚いた彼は時計を眺めて時間を確かめる。
「もう六時か、そろそろ帰ろうかな」
そう言って、荷物の準備を始める彼。そこに真央が現れ、教室に入ってくる。
「やばいやばい、もうこんな時間だ! 早く帰らないと」
「あれ、神谷さん」
優輝が目を合わせる。
「えっと、誰だったけ。……あ、大塚君か。地味だから分かんなかったわ」
あくまでも、台本通りの演技だった。
「神谷さんがこの時間に教室に来るのは珍しいね。この時間は大体、野球部のマネージャーの仕事をしているはずなのに。何かあったんですか」
「うん、ちょっと忘れ物を取りに来たの。えーと、傘、傘」
困った様子を見せる真央。
「探そうか」
「有難う。因みに黒色で、名前も書いてる折り畳み傘だよ」
真央と優輝は傘を探すが、結局傘は見つからなかった。
「――最終バス出るよ」
このバスを乗り過ごすと、最寄りのバス停までかなりの距離を歩かなければならない。つまり、このバスを逃すという事は死を意味すると言っても良い。
「……もういいや、傘無しでバス乗り場まで行く!」
そう言い捨て、帰ろうとする真央。その手を優輝が掴む。
「駄目だって。そんな事したら風邪ひくよ」
「僕の傘貸すから、今日はそれで帰って」
傘を手渡す優輝。それを拒み、傘を返す真央。
「良いから」
そう言って、優輝は傘をもう一度渡す。傘を受け取った真央は、彼を掴んだ手を引っ張り、教室の鍵を閉める。その後、相合傘をしながらバス乗り場まで向かいつつ舞台袖へ向かうという流れだ。
観客がこの様子を見て、当然ながら黄色い歓声を飛ばす。でも、こういう声が上がるのも予定通りだ。舞台袖に下がり、春日が傘を折り畳むと、私は一息ついた。
「舞台はどうだった?」
春日君が私に尋ねてきた。
「一杯、人が見えたよ。本当に舞台の上は最高だね」
私は本当に楽しんでいただろう。
「まだまだ続きがある。もう少し頑張ろうな」
「うん」
その後の劇は順調に進み、会場のムードも最高潮に達しようとしていた。
そして、いよいよ優輝が告白するラストシーンである。
試合が終わり、真央のいるベンチに向かった優輝が差し入れのジュースが入ったあの紙パックを渡す。
「神谷さん、お疲れ」