青春スプレヒコール
私は「了解(^^)/」と彼に文面を送った。すると部屋の窓の外から、何処かで聴いたことのある馴染みのある声がしたのだ。
「月島さん、月島さん!」
私が髪の毛をもう一度括りなおすと、外を見ようとする度に部屋の光を遮っていた黒いカーテンをずらすと、下には春日がいた。
「春日君!」
「……どう、元気?」
春日が話を始める。出来れば大声で話される事は止めてほしいし、私も同様に大声を出す事が面倒臭くなっていた。
「うん、元気。――でも立ち話もあれだし、ちょっと家(うち)に入ってくれる?」
彼の恋心を知っていた私は、それを利用しつつこの状況を回避する道を選んだ。
「分かった」
当然のことながら彼は、私の誘いにすぐ乗ってきた。
外に春日を迎えに行き、彼を自身の部屋へ入るように促すと、それを観た彼は予想通りの第一声を口にした。
「……凄いね、この部屋」
所謂、二次元世界の類のものが丁寧に配置されていた私の部屋を見た春日は、すぐに私を冷めた目で見つめていた。
「凄いでしょ。まあ、気にしないで。これは私の趣味だから……」
「本当に趣味だよね?」
春日はそんな私に対し、二次元に恋人がいるかどうかを聞いているようにも見えたので、さらに状況が悪くなる事を避けたかった私は、すぐさま恋人はいないです――と否定した。
「勿論、趣味だって。私は二次元みたいなものに出逢いは求めていないから」
「……良かった」
彼は安堵した。
「へ? どうかしたの」
「ははは、何でもないよ」
あの化け物のような笑い声で、春日は私に笑って見せた。
「――それで、本題は何?」
私は春日に本音を聴く事にした。
「月島咲良、僕には君が必要だ。絶対に必要なんだ」
普通の人なら慌ただしい夕方だから、部屋の中とはいえ大声で言って欲しくなかった。ただ、一度その言葉を言われてみると、私は心から嬉しく思えた。そんな彼の言葉に私は涙を抑えられなくなっていた。
「ありがと……、う」
私は溢れる涙を抑えながら、感謝の意を彼に伝えた。
「……来週火曜日、部室に来てくれる?」
私はその言葉に押されるように、迷う事無く返した。
「聞かなくても分かるでしょ――絶対行くから。文化祭頑張ろうね」
彼は「うん」と頷いてから、私に向けて手を振っていた。
微かな希望が見えたその瞬間、私の【季節】は再び動き出した。
その事件を乗り越えた私は、きっと彼ら演劇部の仲間達に出逢う前よりも大きく輝いていただろう。事件の後とはいえ、それくらい堂々と過ごす事が出来ていたのはやはり、演劇という存在の影響は計り知れない。
「大丈夫だった? 月島さん……」
「私達はいつだって味方だから」
これは、私の様子を陰で心配してくれていた何人かのクラスメイトが、登校初日の私に囁いてくれた言葉である。
私は彼の言葉にも彼女達の言葉にも勇気づけられていた。
また、それが励みになっていた。
前を向いて生きていく決心が出来た。
それならば、今度は私が――誰かを優しく照らす光になってやるんだ。
私はそういった言の葉達に体を押されながら、久しぶりに演劇部室の扉を開けた。
「……ただいま」
普段無意識に行っているようなこの当たり前のやり取りでさえも、私は心から嬉しく思えた。
「おかえり」
第一声はやはり春日だった。
恐らく手に持っていた橙色の脚本を読んでいたであろう彼らは、笑顔で私を迎えた。その中には、私へのサプライズ用の緑色の冊子を持っていた者もいたが、彼は私が来るとすぐにその冊子を鞄にしまい、劇の台本である橙色の冊子に持ち替えていた。ひょんな事情からサプライズの内容を知ってしまった側としては、そんな他愛無い動作でさえも笑って誤魔化す事が出来た。
勿論、それはあの【季節】にいた頃の私には到底あり得なかった事だった。
「久しぶり! 月島さん」
土田は手をぶらぶらと上げながら陽気に話していた。
「おかえり……もう調子は完璧か――ま、聞かなくても元気そうで何よりだな」
金崎さんはにこりと笑う私の様子を見て、安心しているようにも見えた。
「ところで、月島さんは台詞覚えたの?」
暗記能力の乏しい木原は、学年上位を争う私に対していきなり破壊力のある言葉を言い放ってきたのだが、私は「完璧だよ」と冷静に流していた。
こういうやり取りも有り、かもしれない――と私が思っていたからである。
「……そういう木原はどうなんだよ、毎回台詞覚えるの遅いじゃないか」
春日が鋭く彼の急所を突く。
「そうだそうだ」
土田が春日達に加勢する。私も同感である。
「大丈夫、大丈夫……今回は脇役だから。台詞少ないし、もう覚えたよ」
木原が苦笑していた様子を見て、私達皆は安堵していたに違いない。すると、教室の笑いが少し収まってきた当たりで金崎さんが言い出した。
「それじゃ、久しぶりに脚本合わせるか」
一度、皆がお互いを見ながら確認を取る。
「……ですね」
「勿論です」
「行きましょう」
私達は各々の手を一点に合わせ輪を作った。
「――このまま文化祭までラストスパート! 行くぞ、演劇部!」
金崎さんが声を上げる。
「「「「「うおおおっ」」」」」」
それは、たった一人を除く演劇部員達が一つになった瞬間でもあった。
7
初秋の候、私の通う的場東高校では例年の如く文化祭が催されていた。
有志によるバンド演奏、吹奏楽部や和太鼓部などの舞台発表、クラス単位としての展示発表や劇・模擬店などが行われており賑わっていた。
「……月島さん、一緒に回らない?」
それは私がかつて騒動を起こった時に、心配して声をかけてくれたクラスメイトの一人だった。
「えっ、良いの?」
【季節】など無い世界でたった一人で生きてきた私にとっては、とても新鮮でありがたい一言だった。
「勿論だよ。だって、私たち友達でしょ」
三田恵と名乗る彼女は、にこりと笑いながらこちらの方を見ていた。
「良かった……。三田さん、宜しくね」
「もう苗字で私の事、呼ばなくていいから――気軽にメグって呼んで。私も咲良、って呼ぶから」
私はためらう事無く、「うん」と快諾した。
「メグ、宜しくね」
文化祭が始まって数時間経つとやがて昼時になり、太陽の光は私達を虐めるような余りにも強力すぎる光を放っていた。私は、そんな光や波のように押し寄せる人だかりを避けつつ通路の端にあった長椅子に腰を下ろした。
「お待たせ、咲良。さっき咲良が欲しいって言ってた焼きそば買ってきたよ」
人ごみの中から突然沸きだすように現れたメグは、手に二人分の焼きそばとジュースを持っていた。だんだんと混んでくる昼時に確実に席に座れるように、予め席を取るように言われていた私は彼女を快く出迎えた。
「有難う、メグ」
「いいよいいよ、全然。こちらこそ、席とってくれて有難うね」
私が「いやー」と照れていると、メグは買ってきたものを私に渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「……ありがと」
「これ、美味しいんだって! 部活の先輩が言ってたもん」
メグは、気分良く食べ始めようとする私にとって有難い言葉を言い放った。
「楽しみだね。……じゃあ、いただきます」