遅くない、スタートライン 第2部 第2話
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翌日朝から、俺はホテルの会議室にこもりスタッフと打ち合わせをした。美裕は、加奈ちゃんパティシエと明日の茶話会の準備をしていた。
テレビ局のディレクターと俺と、出版社の編集者…俺が新人の頃は平社員だったのに、出世したんだね。副編集長にまでなっていた倉田さんだ。その倉田さんと俺とで、テレビ局のディレクターに詰め寄っていた(笑)俺の作品のテーマーを強調して、配役も俺に選ばせてほしいと、俺も20代から芸能界でメシ食ってきた人間だから、それなりのツテもコネもあるんだ。俺はテレビ局のディレクターの前で、出演させたい俳優さん達に電話をかけた。
「……ありがとぉ!嬉しいわ…今ディレクターが一緒やねん。代わるわ」俺は自分のスマホをテレビ局のディレクターに渡した。ディレクターと俳優さんの口約束も聞いて、横のアシスタントが契約書を早急に入力し、待機していたバイク便で所属事務所に送った。それぐらいの手まわしをしないと、後日に変更される可能性もあると思ったから、俺はちょっと強引だけどそんな作戦に出たんだ。新人の頃…まだそんなやりとりを知らなくて、後で悔しい思いをしたから。
テレビ局のディレクター達が休憩の為に席を外した時に、学校長が俺の肩を揉んでくれ、副校長が内線電話でコーヒーをオーダーしてくれた。
「いつになく…強気なMASATO先生だな。ちょっと気合入ってる?今回の仕事」
「俺もそう思う!あの局の前のディレクターに苦い思いさせられたんだ。書いた作品をほぼ改ざんして、俺が書いた結末とは違うし、イメージした俳優さんじゃなく、新人作家には売り出し前の新人でいいと思われたみたいで、いいように扱われたんだ!今のディレクターは、話を上手に持っていけば聞いてくれるかなと思ったんだ。樹さん流で言えば、ソフトにソフトに持っていて、最後でズバッとしめるかな?」
副校長が俺の手におしぼりを持たせてくれた。
「あぁ…なるほどな。以前のMASATO先生ならプチ切れしてるよな。話わかってもらえなかったら!で、その女神様からご褒美があるそうだ。休憩が終わったらここのダチパティシエと参上するそうだ。楽しみにしといてってと伝言してくれってお願いされました。美裕パティシエさん」
「おぉ…今度はスィーツとスペシャルブレンドでオトされるか?テレビ局陣」学校長が口に手を当てて笑った。
「怖いわぁ…大人しい顔をしてやること、結構キツイねん。美裕パティシエ」
「おまえ…もうすでに尻に引かれてるぅ?あぁ…もうシメられたか?」副校長は愛先生から聞いて知ってるみたいだな。
「ノーコメにさせてください。俺…茶話会終わっても、無傷な体でいたいから」の答えに学校長と副校長はお互いの肩を叩いて笑いだした。
テレビ局のディレクターとスタッフが会議室に帰ってきた。それから5分ほどで、美裕・加奈ちゃんパティシェ自らが、作ったスィーツとディレクター達の前で、コーヒーをブレンドした。2人のコーヒーをブレンドする姿とケーキをカットする手つきに、テレビ局のディレクターとスタッフは見惚れてたな。当たり前だ!プロのパティシエさんだぞ。俺はちょっと自慢気に笑ったもんな。テレビ局のディレクターとスタッフは会議室に入った時には、難しい顔つきをしてたが、人間とは不思議なもんだ。美味しい食べ物や飲み物を口に入れると、表情も和らぎ口も饒舌になるんだ。俺がそういうタイプの人間だからよくわかる。また、美裕・加奈ちゃんパティシエ達がお給仕にあたってくれて、またパティシエが2人とも女性…自分のフィアンセ様とダチパティシエ様を褒めてしまうが、この2人はグレイド高い大人可愛いタイプだ。テレビ局のディレクターとスタッフは、美裕・加奈ちゃんパティシエにニッコリされたら、ちょっと顔赤くして嬉しそうに笑った。うんうん…あの2人の笑顔は最高に良かった。そのおかげか、いい結果をもたらした。俺の条件通りに仕事をしてもいいと言ってくれた。美裕・加奈ちゃんパティシエが出て行ってから、やっぱり聞いてきたか。
「スィーツもコーヒーも美味しかった。お2人もここのホテルのパティシエさんですか?」
学校長は俺に任せろと、俺に目線でうなづいた。
「1人はここのホテルの現役パティシエさんで、背の高い方で。もう1人は…MASATO先生言ってもいい?」
俺はうなづいた。
「MASATO先生の養成上級クラスの生徒さんで、元パティシエさんです。ッフッフ…MASATO先生のフィアンセ様なんですよ。また作家志望で、養成上級クラスを卒業したら、MASATO先生の元で新人作家として勉強し、ご自身でカフェをオープンするんです」
そりゃ…テレビ局のディレクターとスタッフは驚いたさ。何で俺の仕事に、美裕との関係を言ったのかだ。今度の作品は美裕がモデルなんだ。まだ本人には言ってないけど、モデルがいるんだ。設定も目に見えて仕事しやすいじゃないか。
でも俺はテレビ局のディレクターにクギを刺した。
「彼女は一般人で、これからも多忙なんで出演の予定はありませんし、出演させません。製菓監修でお手伝いしてもらいますが」
俺の言ったことで、テレビ局のディレクターとスタッフは残念がっていたが、他の交渉で食い下がってきた。ま、ご本人に聞いてみるけどと俺はその場で話を打ち切った。
作品名:遅くない、スタートライン 第2部 第2話 作家名:楓 美風