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遅くない、スタートライン 第2部 第2話

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(3)

ホテルをチェックインしてから、マサ君とは別行動になった。マサ君は明後日行われる講演会の打ち合わせでホテルの会議室に行き、私はホテルの調理場に顔を出した。マサ君のご要望もあって、3種のケーキとマカロンにお土産のマドレーヌを焼くことになった。どれだけ焼くんだと思ったら、茶話会のお客様は仕事関係の人ばかりだった。総勢20名ほどとか、ホテルの調理場には話が通っているとのこと、私はフロントマネージャーと調理場を訪ねた。

美裕は今、ホテルの調理場に行ってるだろうか?俺は明後日の講演会のテーマーと講演後の茶話会のメンバーリストを見ていた。この茶話会が俺の今後の仕事の出来上がりに響いてくると思う。俺は作家としてエッセイや紀行文がこの数年メインだったが、連載物を書くことになった。それも某局一本に書下ろしだ。某局から前から依頼はあったが、俺はあまり気が進まなかった。でも今度持ってきた仕事は、俺の興味を引くテーマーだった。また俺の好きな設定にしていいそうだ。ここで俺の意見をしっかり言わないとな!その為に…俺の新人時代からの出版社の編集者にも同席してもらって、学校長も副校長も出席してくれた。さて、気合入れて話するぞ!

夕方まで話をして、また気合を入れすぎてのどもカラカラで腹も減った。俺は疲れた体でホテルの部屋に帰った。スィートルームは最上階にある。ここのスィートルームは窓から見える景色が良くて、ベランダにジャグジーがあった。ネットで見た時に行きたいと思ったが、その当時は相手がいなかった。(笑)美裕帰ってるかな?俺はドアの横のインターホンを押した。

「ん…あぁメチャいい匂い!あぁ…これは」俺はドアを開けた瞬間に叫んだ。それだけ部屋に甘い匂いが漂っていた。
「おっかえりぃ!試作できたよぉん。食べる?」美裕は俺の顔を見て笑った。

食った食った!一気食い!美裕の焼いたブルーベリーとラズベリーのショートケーキに、バナナタルトにマスクメロンのゼリーを食べた。美裕スペシャルブレンドコーヒーも2杯お代わりした。まじ…超美味かった。
「うんめぇ!!美裕ぉ…これら絶品だわ。茶話会メンバー唸るぞぉ。これら食べたら!」
「ありがとうぉ…いやぁ世間狭しだ。あのねぇ…」美裕は俺に話しだした。

「ま、マジで?」俺は驚いた。
「うん、調理場のパティシエさん紹介してもらったらね。なんと製菓専門学校時代のクラスメイトだったの。同じクラスでも専攻は違うかったから、卒業後は私は神戸のショップで、加奈ちゃんって言うんだけど、彼女はホテルのパティシエになったの。確か京都のホテルだったけど、10年勤めて今年の春からここのパティシエしてるんだって。ツーシェフだよ!すごいでしょ」嬉しそうに美裕は話した。
「へぇ…そうなんだ。美裕が調理場に来てその加奈ちゃんも驚いたのでは?フロントマネージャーは美裕を何て紹介したんだ?」
「あ、明後日講演会する福田先生のアシスタントって。元神戸の老舗ショップのパティシエさんだよって言ったら、そしたら調理場から足音が聞こえてね!」

美裕と加奈ちゃんは、10年ぶりに再会し調理場で抱き合って喜んだそうだ。また加奈ちゃんが忙しい体なのに、美裕のアシスタントを買って出てくれたそうだ。それで予定より早く試作ができ、部屋に帰ってきたそうだ。よかったよかった!美裕にサポートがついたら、鬼に金棒だ。俺はスィーツとコーヒーで満たされたのか、話の途中で居眠りをしていたようだ。目が覚めたら、室内はほの暗く美裕はいなかった。

「どこ行ったんだろう?」俺はベランダの窓が少し空いてるのが目に入った。

美裕はカメラを構えて、夕暮れを撮っていた。ホテルの南側に大きい湖があって、今…夕日が沈んでいくところだった。これは声をかけてはいけない…俺はそのまま沈む夕日と夕日を撮影する美裕を見ていた。

「あ…起きたん?マサ君」美裕はレンズから目を離し、俺の方見て笑った。
「うん。それ…美裕のカメラ?」美裕はうなづいた。
「パティシエ時代にね…おしゃれはしなかったけど。カメラ好きで、お給料貯めて買ったの」
美裕は俺にカメラを見せてくれた。一眼レフカメラだ…それも有名メーカーだ。
「いいカメラだな!貯めて買ったら喜びもひとしおだな」
「うん!もぉ嬉しくて嬉しくて、通勤の途中で自転車停めて季節の花撮ったり、青空撮ったりした。それが気分転換になってね」
「そっかぁ…このカメラ君が美裕励ましてくれたんだ。撮った写真はまた見せてよ!」
「いいよぉん…また家に来た時にでも!」

この写真たちが思いのほか、俺の心を揺り動かしてくれて、後日美裕に写真撮影を頼む事になる。

俺と美裕はホテル内の割烹料理店で、懐石料理を食べた。会長のご好意で…その日の厳選懐石料理のコースを食べた。もぉ…あの美裕が美味しい!ってスマイルしまくりん、コース料理全部食べた。刺激物や香辛料がダメなのを前もって、会長が板長に言ってくれてたようで、板長自ら美裕に料理の説明をして、アレルギー成分が入っていないことを説明までしてくれた。どうやら…会長は美裕が気に入ったようだ。調理場に来て美裕の作ったケーキを食べたそうだ。それにこのキャラだからな!

「あぁ…もう超幸せぇ。ワタシ」デザートのスプーンを置いて、自分のほっぺたを両手で挟んだ美裕だ。
「よかったね!美裕さ…俺と付き合いだしてからよく食べるようになったな。いいことだけど」
「うん。おかげさまで体調もよぉございます。マサ君と付き合ってから1キロ増えたの!10年間体重増える事なかったから、びっくりした」
「パティシエ時代は激務でしょ、美裕はパティシエ時代何キロあったの?大体想像つくけど」
「あぁ…専門学校卒業した時に43キロで、パティシエ時代は39キロだったかな。あ、一時37キロ切ってオーナーシェフに怒られた。あ、食べてるんだよ。でも増えなかった。で、今の体重は何キロって聞きたいんでしょう?マサ君」
「うん。教えてくれなかったら、明日の朝起き抜けに俺がお姫様抱っこして、体重計に乗る」
その答えに、俺の腕を叩きながら笑った。ウケたらしい…また(笑)

部屋に帰ってから、俺はバスルームに行って湯を溜めた。メシの後は風呂だよ!風呂!さってと…風呂の準備もしたしな。俺はバスルームのアニメティグッズを手に取ってみた。美裕は今…ダチの加奈ちゃんとホテルのティールームで明日の打ち合わせをしている。明日の夕方から下準備に入るそうだ。パティシエさんたちは…俺も明日も打ち合わせがある。美裕には講演会が終わってから遊ぼうと言った。俺は自腹で宿泊数を伸ばしてもいいなと思っている。仕事抜きでここのリゾート地で美裕と遊びたいんだ。美裕もそれを楽しみにしている。

お、美裕が帰ってきたみたいだ。手に紙袋を下げて…
「あ、MASATO先生にお土産だよ。加奈ちゃんが焼いたスパイスサブレ!美裕にはブラウニーくれた」
「ありがと。その加奈ちゃんは知ってるの?俺と君との事」
「フロントマネージャーから聞いたって。お口チャック厳守で」
「そうなんだ…ま、こういうところなら通常だな。おぉいい匂い!食べたいな…」