小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

熱愛~国王の契約花嫁~外伝其の一~

INDEX|9ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

 凜蓮は当然ながら、抵抗して嫌がった。そこで止めていれば良かったのだが、サスは踏みとどまれなかった。結果、サスは凜蓮の身体を思い通りにはできたものの、彼女の心を失った。
 正直、彼女が生娘だとは想像だにしていなかったものだから、これは嬉しすぎる誤算だったとしか言いようがない。サス自身、色町の妓房に上がって女を買ったことはある。だから、女にだけ貞操を求めるというような身勝手な男の言い分を振りかざすつもりはない。
 けれど、男は本当に惚れた女には、その身勝手な男の言い分を押し通してしまうものだと―初めて知った。金を払って身体だけを求める女と、身体だけでなく心も欲しいと思う女に対して、男はまったく別の考え方をするものなのだ。どうやら自分は二十六にもなるまで知らなかったらしい。 
 一夜限りの関係しか持たない妓生に対しては、独占欲も嫉妬も感じないのに、凜蓮に対しては我ながら呆れるほど執着している。
 惚れているからこそ、彼女を抱いた男が自分以外にいると思うと身もだえしそうな怒りに囚われる。怒りに任せて余計に彼女に心にもない態度を取り、二人の溝はいっそう深まる。悪循環の繰り返しだった。
 国王に抱かれたのは、凜蓮の意思ではない。彼女と自分は吏?判書に無理に別れさせられ、彼女は泣く泣く王の後宮に送り込まれたのだ。当事者たるサスがいちばんよく知っている。なのに、やっと戻ってきた彼女に冷たく接し続けた。
 サスには二人の姉と二人の弟妹がいる。すぐ上の姉は十八で他家の下僕に嫁したものの、身体の弱かった亭主は結婚後二年で亡くなり、姉は実家に戻ってきて崔家で働いていた。良人に死別して三年後、間を取り持ってくれる人がいて、その姉はまた嫁いでいった。今度は子にもすぐに恵まれ、再婚先で幸せに暮らしている。
 ゆえに、女性の再婚についても自分は比較的寛容な考え方ができると思っていた。凜蓮は国王の側室で、常民と比べることはおかしいのかもしれない。それでも、凜蓮が国王と別れて戻ってきて、自分と再婚したというのなら、姉と何ら変わりないはずだ。そう思うのに、何故か凜蓮が他の男に抱かれていたと思うだけで、身体が熱くなり怒りに駆られる。
 凜蓮は子どもの時分から、心優しい娘だった。兄と一緒に遊びたくて、いつも自分たちの後ばかり付いて回っていた。
―兄上、ままごとしよう。
 せがむ度に、兄ソギルは這々の体で逃げ出し、凜蓮は泣き出した。
―お嬢さま、泣かないで下さいね。俺が代わりに一緒に遊んであげますから。
 その度に泣く凜蓮を宥め、ままごとの相手をしてやったのはサスだ。その頃は、?よく泣く可愛いお嬢さま?は妹のようなものだった。それが、いつしかどんどん綺麗に女の子らしく成長してゆく凜蓮から眼が離せなくなり、気が付けば妹ではなく一人の女性として見るようになっていた。
 実の兄よりも一緒にいる時間が多く、二人が睦まじくなるのは当然だ。サスがいつしか凜蓮を異性として見るようになったのと同様、凜蓮もサスは兄のような存在から憧れの異性へと変わった。
 いうならば、サスは凜蓮が幼い頃からずっと傍にいて、その成長を見守ってきた。凜蓮がたとえ他の男に抱かれたとしても、それが彼女自身の意思でない限り、その事実を受け容れ克服できると自分自身も信じていた。
 凜蓮は清らかな身体だった。愕いたことに、国王は彼女に手を付けていなかった。昨夜は烈しい衝撃を受けたものの、今朝は凜蓮自身から事情を打ち明けられ、愕きより嬉しさの方が勝っていた。ずっと傍にいて見つめ続けた女の初めての男になれた―。
 だが、サスにとっては望外の幸せな出来事だったけれど、当の凜蓮にとっては災難以外の何ものでもなかった。彼女の?初めて?をすべて手にしたと歓ぶのは所詮、男の身勝手にすぎない。今朝の凜蓮を見た時、サスは遅まきながら悟ったのだ。
―サス、私は今まであなたは私自身を見てくれていたのだと信じていたの。私という人間を必要としてくれているのだと思っていた。でも、それは違っていたのね。
 彼女の言葉は鋭くサスの胸をひと突きにした。彼女の言うとおりだ。凜蓮が未通であるかどうか、自分は拘りすぎていた。彼女を抱いた男が他にいたのが許せないのは、取りも直さず凜蓮が清らかであるかどうかを彼が気にしているということでもあった。
 幾ら言い訳をしても、それは逃れられない事実だろう。
 自分は深く彼女の心と誇りを―身体までを傷つけた。初めてだと判っていたら、もっと優しく時間をかけて抱くべきだった。ろくに馴らしもせずに未通の身体を開かれ、凜蓮は痛みと衝撃に泣き叫んだ。彼女が処女であることに気付いたときは遅く、サス自身、後戻りはできないほど昂ぶっていた。
 取り返しのつかないことをしでかしてしまった。サスはこれまでより更に大きな息を吐き出し、また頭をかきむしった。
   菩提樹の想い出

 ずっと同じ体勢でいるのは、思いの外、疲れるものだ。凜蓮はサスと結婚してから―正しくは洗濯をするようになってから、初めて知った。サスは現在は商団の行首の護衛をしているが、いずれは父親の跡を継いで執事になることは判っている。
 執事の妻は代々、崔家の女中頭を務めてきた。凜蓮がそうなるかは定かではないが、執事の高家の嫁としては崔家の女中として勤めるのがこれまでの習いである。
 後宮から戻ってきても、凜蓮はまだ崔家の令嬢という立場だった。だが、サスと結婚して崔家を離れた今、その立場は?女中?である。
 凜蓮はかれこれ一刻前から、この井戸端にいた。しゃがみ込んで洗濯をしているのだ。棍棒で洗濯物をひたすら叩いて汚れを落とす。この作業をずっと続けているため、腰や肩に力が入りすぎて痛みさえ感じる有り様である。
 痛み出した腰を手でさすったそのときだった。突如として眼の前を塞いだ影があり、凜蓮は茫然として、その影を見上げた。
「ハヨン」
 名を呼んでから、我に返った。
「若奥さま」
 二十代前半の若い女が凜蓮を見下ろしている。紅いチョゴリに濃紺のチマ、チマで包まれた腹部はこんもりと盛り上がっていた。世で言う美人の範疇には入るが、妊娠中のせいか、険のあるややつり上がり気味の眼が余計に細くつっているように見える。
「いまだに満足に仕事もこなせないの?」
 冷たい視線はあからさまな蔑みがこもっていて、凜蓮の心を凍らせた。
「女中の仕事をするようになって、もうひと月も経つのに、いまだに洗濯一つ満足にできないのね、あなたって」
 ハヨンは兄ソギルの妻である。今年、二十四になり、ソギルより二つ下だ。十七で崔家に嫁いできて、去年の夏、待望の初子懐妊が判った。結婚して七年目に授かった崔家が待ち望んだ跡取りだ。
 崔家ほどではないが、ハヨンの実家もそれなりに格式ある両班家だ。凜蓮が後宮から戻ってくるまでは、実の姉妹のように気安く行き来しており、優しい義姉だった。歳もあまり違わないことから、?義姉上?ではなくハヨンと名を呼び合うほどの仲だったのだ。
 しかし、凜蓮が実家に戻ってきた時、義姉の態度は手のひらを返したように変わっていた。一度は正面切って言われたこともある。