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熱愛~国王の契約花嫁~外伝其の一~

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「私、殿下の思し召しに従うことはできないと申し上げたの。そうしたら、殿下がその理由をお訊ねになった。私は恋い慕う男がいるから、その人を裏切ることはできないと正直に打ち明けたわ。そうしたら、殿下がおっしゃったの」
―大切な者を裏切るな。
 正確にはあの時、賢宗はこう言った。
―私も大切な者を裏切らぬ。ゆえに、そなたも大切な者を裏切るな。
 あれは大殿の寝所に初めて召された夜だった。国王を拒めば実家の家門はどうなるか幾度も考え、それでもサスを裏切りたくはないと賢宗の逆鱗に触れるのは覚悟で夜伽はできないと言ったのだ。
 なのに、若き国王はすすり泣く凜蓮を優しく抱きしめ、
―悪いようにはせぬ。
 と力づけるように言ってくれた。
 サスは深い息を吐いた。
「それで、殿下のお声がかりで俺たちの結婚が実現したと?」
 凜蓮は頷いた。
「殿下は初めから私の秘密もあなたの存在もご存じだったの。いずれ遠からぬ中に後宮を穏便な形で去り、あなたと添えるようにして下さると約束して下さっていたわ」
「―」
 サスは口をつぐみ、視線を落とした。その先には質素な夜具があった。
 彼は長い指先で二人が夜を過ごした褥をなぞった。滲み一つなかった夜具に、紅い花が咲いている。眼にも鮮やかなその花びらは、凜蓮が無垢であったことを何より証すものだ。
 サスはその花びらが何か神聖な大切なものであるかのように指でなぞった。
「正直、嬉しかった。そなたがまだ誰にも穢されてないと知ったときは、天にも昇る心地だった」
 凜蓮は消え入るような声で言った。
「あなたにとって、所詮、私はそれだけの存在だったのね」
「凜蓮?」
 サスが困惑したように見つめる。凜蓮はうつむいた。
「後宮を去る前、王妃さまにお逢いしたの。仕方のないこととはいえ、私の存在は王妃さまを苦しめたことは事実だから。そのことをお詫びしたかった。その時、私は王妃さまに言ったわ」
―サスが戻ってきた私を受け容れてくれるでしょうか。
 すると、若く美しい王妃は言ったのだ。
―大丈夫よ、サスが本当にあなたのことを想っているなら、ちゃんと受け容れてくれるわ。
「恐らく」
 凜蓮は淋しげな笑みを浮かべた。
「中殿さまはご自分と殿下のことを思い浮かべられのでしょうね。殿下ならきっと中殿さまがどのような形でもどんな境遇に陥っても受け容れられると、そう思われたからこその言葉だと思う」
「凜蓮、確かに俺は愚かな嫉妬に自分を見失っていたが、そなたと別れる気は毛頭なかった。それだけは信じてくれ。だから、そなたが昨夜、別れると言い出して、余計にカッとなって、あんなことをしてしまった」
 凜蓮は哀しい想いでサスを見た。
「あなたは私がまだ未通だと知ったから、そんなことを言うのね。昨夜のあなたは私が殿下の寵を受けていると信じて疑っていなかった。もし、私が既に清らかな身体でなかったとしたら、今もそんな寛容なことを私に言えたのかしら。サス、私は今まであなたは私自身を見てくれていたのだと信じていたの。私という人間を必要としてくれているのだと思っていた。でも、それは違っていたのね」
「待ってくれ、凜蓮。俺の話も聞いてくれ」
「もう、良い」
 凜蓮はサスに背を向けて室を出た。夜が明けたばかりの都の空は淡い茜色に染まっている。見上げた太陽が眩しすぎて、凜蓮は眼をしばたたいた。
   
「待ってくれ。凜連。俺の話も聞いてくれ」
 サスは大きな息を吐いた。妻を求めて差しのべられた手は少しく虚空をさ迷った末、虚しく落ちた。
「畜生」
 サスは寝起きで乱れた髪を更にかきむしる。自分はどうして、ここまで口下手で不器用な男なのだ。惚れた女に優しい科白一つ言ってやれないとは。
 昨夜は確かに自分でも、どうかしていたとしか思えない。いや、それをいえば、凜蓮が後宮を退き崔家に戻ってきて以来、自分はずっとどこか狂っていたに違いない。
 凜蓮と離れていた間、あれほど恋い焦がれ求めて止まなかった女なのに、心と相反する態度ばかり取り続けてきた。
 好きだから、惚れているからこそ、どうしても彼女と視線を合わせられなかった。優しい科白を囁いてやることもできなかった。凜蓮は最早、自分の知る凜蓮ではない。いや、百歩譲って昔のままの彼女だったとしても、後宮にいる間の彼女をサスは知らない。
 凜蓮が国王とどのような会話を交わし、国王に抱かれて、どのような甘い声を上げたのか。自分はなに一つ知らないのだ。この世に自分の知らない凜蓮を知っている男がいると考えただけで、サスは許せなかった。
 一方で、そんな自分が狭量すぎることも自覚していた。他の男に抱かれた凜蓮を嫌いになったわけではない。むしろ、ますます嫉妬心は燃え上がり、独占欲を募らせた。やっと手許に戻ってきた女を今度こそ放さないと固く決意したものだ。
―今度、凜蓮と離ればなれになるときは彼女を殺して俺も死ぬ。
 我ながら怖ろしいほどの執着愛だと思った。長年、崔家の執事を務めている父などは悔しがっていた。
―たとえ我らが賤しい身分とはいえ、王の使い古しの女を下げ渡すような形で嫁に迎えねばならぬとは屈辱だ。
 年老いた祖父は既に現役を引退し、崔家からほど近い家で一人暮らしをしている。その祖父だけがこの結婚に理解を示してくれた。
―元々、サスとお嬢さまは筒井筒の幼なじみだったんじゃ。運命があるべき場所に二人を導いてくれたと思えば、むしろ、めでたいことではないか。
 その言葉を証明するかのように、祖父だけが婚礼にも連なってくれたのだ。
 当のサス自体は、周囲の思惑などに頓着しなかった。たとい国王からの命令という形でなくとも、後宮を下がり晴れて自由の身となった凜蓮に求婚するつもりだったのだ。もし、崔家の主人―凜蓮の父親が認めなければ、今度こそ彼女を攫い、都から遠く離れた場所にゆく。
 もう二度と彼女を手放すつもりはなかった。崔家の主人に仲を裂かれるのも金輪際ご免だった。
 凜蓮への恋情は離れていた間、余計に深まった。しかし、彼の烈しい恋心が凜蓮に伝わるはずもなかった。サスは自分でも持て余しかねるほどの恋情を抱える一方で、そんな自分を恥じるように凜蓮にはすげない態度を取り続けたのだから。
 自分でも、つくづく素直でない、屈折した男だと思う。
 昨夜、夜着に着替えようとしている凜蓮をかいま見てしまったのが運の尽きだった。もちろん、惚れた女と一つ屋根の下で過ごして、何もしないという誓いがどこまで守れるか、サス自身、自信はなかったのは事実である。それでも、凜蓮の気持ちがもう少し落ち着くまでは待とう、せめて自分が優しい言葉の一つでもかけられるようになるまでと自制するつもりが、物の見事に誓いは破られた。
 これまで彼女と口付けを交わしたことは何度でもある。かなり深い接吻も交わした。しかし、それ以上に進んだことはないし、彼女の裸身さえ見たことはない。
 昨夜、着替え中の彼女をひとめ見て、自制心は瞬時にかき消えた。二十歳の女の身体は布を巻いた上からでも、その成熟ぶりがはっきりと窺えた。彼女の豊満な胸を見た途端、口の中から酷く乾いて、何も考えられなくなり、気付いたら盛りの付いた獣のように彼女に襲いかかっていた。