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熱愛~国王の契約花嫁~外伝其の一~

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 凜蓮は先刻から所在なげに周囲に視線をうつろわせている。
 サスと凜蓮は結婚するに当たり、崔氏の屋敷を出た。執事夫婦は崔氏の広い敷地内に使用人小屋を構え、暮らしている。当然であれば、息子夫婦もそこで同居するか、敷地内に同様に新居を持つはずだ。
 しかし、凜蓮の父は使用人と結婚した娘の顔など見たくもなかったらしい。屋敷の近くの仕舞屋を買い取り、そこで暮らすようにと言われた。凜蓮としても両親や義両親と同じ敷地内で暮らすよりは、離れている方がよほど気持ちも楽だ。
 サスは午前中に嘉礼を挙げて更に祝宴に参加し、夕方は商団の行首に挨拶にいった。凜蓮は後日改めて良人となったサスと行くことになっている。
 流石に今日一日は行首から休みを貰ったはずなのに、サスはなかなか帰宅しない。よもや今日も護衛の仕事があるのかと思い始めた矢先、漸く両開きの戸が開いた。
 凜蓮は弾かれたように面を上げた。
「お帰りなさい」
 狭い室内にはそれでも実家から届けられたご馳走が小卓に所狭しと並んでいる。これが式にすら出なかった両親の精一杯の餞なのだろう。
 だが、サスは小卓には見向きもしなかった。持ち帰った酒瓶を手に座り込み、いきなり酒を煽る。
「サス!?」
 叫び声を上げた凜蓮に、サスがこちらを見もしないで言った。
「先に寝ていてくれと言ったはずだが」
「―」
 凜蓮はうなだれた。凜蓮が後宮から戻ってきてからというもの、彼はずっとこの調子だ。凜蓮と視線を合わせることすら、避けているようで、この結婚を聞かされたときも
―王命であれば、謹んでお受けします。
 と応えたのみだった。
 やはり、サスは私を疎ましく思っているのだ。
 凜蓮は哀しい想いになった。彼と最後に逢ったのは今年の二月、都の外れの寺だった。いつものように兄の手引きでひっそりと逢瀬を交わした。
―このまま、あなたをさらってどこか俺たちを知らない遠いところに行きたい。
 凜蓮を情熱的に抱きしめて囁いたサス。しかし、その日、屋敷に帰った凜蓮は父に頭ごなしに叱りつけられ、屋敷に閉じ込められてしまった。
 今夜のサスがあの日と同じ男だとは思えない。
 恐らく、と、凜蓮は考えた。
 サスもまた世間と同じ想いなのだろう。凜蓮は既に国王の手の付いた?使い古し?で、自分は手垢のついた女を下げ渡されたと。サスは誇り高い剣士だ。元々、サスに剣術の師匠をつけたのは凜蓮の父ドゴムだった。
 兄が剣術を習っている傍にサスはいつも控えていた。あくまでも稽古を見守っているだけだったはずなのに、サスは見様見真似で、いつしか師匠の技を会得していたのだ。
 或る日、執事である父親が急な腹痛で寝込み、サスが代わりにドゴムの外出に付き従うことになった。当時、サスはまだ十四ほどだった。町中でふいに父に斬りつけてきた輩がいた。
 どうやら父を吏?判書と知って狙ったわけではなく、両班に恨みを持つ流民であった。しかし、サスは咄嗟に道端に転がっていた木ぎれを持って向かってくる暴漢を一発で仕留めた。
 鮮やかな立ち回りを見たドゴムは、以後、サスにも剣術の師匠をつけてやった。サスはみるみる腕を上げ、兄など相手にもならないほどの剣技を身に付けた。父はサスを護衛として重宝するようになり、以後は外出には必ず伴うようになった。
 だからこそ、サスが凜蓮と恋仲だと知った父の怒りは凄まじかったのだ。
―眼をかけてやった恩を仇で返しおって。
 サスは父に足蹴にされ、打たれるままになっていた。反撃しようと思えばできるのに、一切の抵抗をしなかった。
 実家に戻った凜蓮との結婚は王命で決められたものだった。サスは断りたくても断れなかったはずだ。
 結婚が決まって三ヶ月も経つのに、サスとは満足に会話すらしていない。今夜は心を開いて話してみたいと思っていたけれど、やはり無理なのだろうか。
 思わず泣きそうになり、こんな雰囲気で泣いたら、サスが余計に不機嫌になるのを怖れた。込み上げる涙を堪えた。
「今夜はもう何も召し上がりませんか?」
「要らない」
 取りつく島もない返事に、心が折れそうになる。
「何か召し上がらなければ、身体に障ります」
「食事なら軽く外で済ませてきた」
 婚礼のその日に新妻が待つ家に帰らず、外食する良人。
―私はそこまでサスに嫌われてしまったのね。
 凜蓮は溜息をつき、小卓を布で覆った。真冬のことだから、一晩くらいは保つだろう。翌朝になってもサスが食べてくれなければ、ご近所にお裾分けしても良い。
 サスはまだ酒瓶から酒を浴びるように飲んでいる。
「あなた、そんなに飲んでは身体を壊してしまいます」
 サスが整った顔を露骨にしかめた。国王賢宗が優美な美男だとすれば、サスは研ぎ澄まされた刃のような男だ。雰囲気はまるで違うが、サスもなかなかの美丈夫である。が、数ヶ月ぶりに再会したサスはどこか以前とは違う空気を纏っていた。以前から物静かな男ではあったが、今のような拭いがたい翳りを帯びてはいなかったように記憶している。
「そなたは妻になったとはいえ、私とは住む世界も身分の違う女だ。そのように改まった物言いをする必要はない」
「何故ですか?」
 凜蓮はサスににじり寄った。
「私はもう崔氏とは縁が切れた身です。今の私はただの凜蓮なのですから」
「とにかく、俺のことは放っておいて欲しい」
 サスは冷たい言葉で断じ、凜蓮に背を向けた。
 刹那、最後通告を突きつけられたようで、凜蓮は言葉を失った。 
 もう声をかける気力もなく、彼女はすごすごとサスの傍を離れた。とはいえ、この家にはここ一室と納戸代わりの小部屋、申し訳程度の厨房しかない。
 食事を取るのも起居するのも、この部屋だ。当然ながら、今夜、粗末だが、新しい夜具を敷いている。国王から贈られた結婚祝いには数々の調度もあったが、この狭い室内には到底納まり切れるものではなく、仕方なく実家の自室に残してきた。
 流石に新婚夫婦の使う夜具は贈り物にはなかった。凜蓮は自分で慎ましい庶民が使うような布団を用意したのだ。
 サスは相変わらず背を向けて酒を飲んでいる。
―このままでは身体を壊してしまうわ。
 凜蓮は不安げにサスの背中を見つめた。
 酒を飲まないと紛らわせないほど、自分と一緒にいるのが苦痛なのだろうか。このままでは、サスは駄目になってしまう。王命だから断れなかったというなら、やはり自分から離別を申し出た方が良いのか。 
 凜蓮は溜息をつき、チョゴリの前紐を解いた。サスが帰っていなかったので、夜着には着替えていない。婚礼衣装はとうに脱ぎ、普段着に着替えていた。今まで着ていたような絹ではなく、木綿の質素なチマチョゴリだ。
 サスは背を向けているが、念のため、凜蓮も彼には背を向けて着替え始めた。チョゴリを脱いだそのときだった。
 何気なく視線がサスに向いて、凜蓮は悲鳴を上げた。サスがこちらを燃えるような眼で見つめていたからだ。
 凜蓮は上半身は胸に布を巻いただけだ。豊かな膨らみが布を押し上げている。凜蓮は狼狽え、咄嗟に胸を両手で隠した。
「何故、隠す?」
 サスが立ち上がり、近寄ってくる。凜蓮は無意識の中に後ずさった。