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熱愛~国王の契約花嫁~外伝其の一~

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―まさか、お嬢さまに義父と呼ばれる日が来ようとは考えたこともありませんでした。
 うなだれた執事の口調には一人息子の結婚を歓ぶというよりは、いささか恨みがましい響きがあったのは否めない。分相応な家の娘を嫁に迎えれば、何事もなく肩身の狭い想いをすることもなかったのに。
 そういう義父の想いが伝わってきて、凜蓮は居たたまれなくなった。
 結局、新郎、新婦側、列席者は数えるほどしかいなかった。新郎側は既に隠居しているサスの祖父、サスの友人三人、新婦側は凜蓮の兄だけだ。
 サスの友人たちは兄の友人でもある。いずれも両班の子息ばかりだが、彼らは身分を超えてサスとは友達付き合いをしてきた。もちろん、兄もその一人だ。兄だけが長年の二人の恋が実ったのを心から祝福してくれた。
 まもなく婚礼が行われるというのに、凜蓮は花嫁衣装を着る介添えをしてくれる侍女もおらず、あまつさえ、その花嫁衣装も嫁入り道具も父ではなく、国王から下賜されたというものだった。
 賢宗は凜蓮の再婚に対して、たくさんの祝いの品を届けたばかりでなく、花嫁道具一式から当日の衣装まで届けた。それを世間は
―自分の手の付いた女を押しつけるんだから、迷惑料ということだろうよ。
 と、穿った見方しかしない。誰もが凜蓮は?王の手の付いた女?であり、もっと有り体にいえば?使い古しに飽きた国王が女を他の男に下賜した?と思われているのは明白だ。
 両親でさえ、凜蓮を見る眼は冷たく、似たようなことを考えているのは判った。考えればまた涙が込み上げそうになり、凜蓮は小さくかぶりを振った。 
 いけない、こんなことばかり考えていては。今日こそが一生に一度の晴れの日なのだから、涙は禁物にしなければ。
 凜蓮は涙を拭い、鏡を覗き込む。小さな姫鏡台には眼の縁を紅くした顔が映っている。こんな有り様では、サスもがっかりするだろう。泣いた跡を少しでも目立たなくしようと眼許に白粉を塗ろうとしたそのときだった。
 室の戸が静かに開いた。父や母の手前、侍女が来るはずもないのにと振り向いた凜蓮は息を呑んだ。
 美しい少女が佇んでいる。
「凜蓮さま、今日はおめでとう」
「―中殿さま(チュンジョンマーマ)」
 萌葱色の上衣に華やかな牡丹色のチマを纏った少女はにっこりと微笑む。到底人妻には見えないが、長い漆黒の髪は後ろで一つに束ねている。蒼い鳥を象った玉のついた簪がその髪を飾っていた。
 この少女こそが賢宗の寵愛を一身に集める王妃である。
「どうして中殿さまがここに」
 愕きを隠せない凜蓮に、少女―王妃ファソンは言った。
「私たちは友達でしょう。あなたが後宮を去る前に、私たち、約束したじゃない」
 これからは?中殿?でも?昭容?でもなく、友達として名前を呼び合おうと。王の側室という立場の間は、正室と側室としてお互いに複雑な感情を抱いたこともあった。けれども、真のファソンは、身分や立場で人を区別することのない、優しい女性だ。
 ファソンほどの女に賢宗が強く惹かれるのは同性である凜蓮にもよく理解できる。それほど魅力ある女性だった。
「ファソン、どうして、ここに?」
 それでもまだ、どこかおずおずと訊ねると、ファソンは笑った。
「友達の晴れ姿が見たくて、宮殿を抜け出してきたのよ」
「まあ」
 愕いた凜蓮をよそに、ファソンは肩を竦めた。
「まあまあ、花嫁衣装もまだ着ていないの?」
 彼女は床にひろがった華やかな衣装を拾い上げ、明るい声で言った。
「私が着せ付けてあげるわ」
 ファソンの手を借りて凜蓮は婚礼衣装を着た。正直、ファソンが来てくれて助かった。婚礼衣装は立派なもので、重ね着をしなければならない。一人では到底着るのは難しかったに違いない。
 鮮やかな花嫁衣装を纏った凜蓮をファソンが微笑んで見つめた。
「綺麗だわ。凜蓮、とても素敵よ」
 衣装を着せ付けた後、ファソンは化粧まで整えてくれた。
 ファソンは仕上げに凜蓮の額に花鈿を小さな朱筆で描き入れた。筆を持つファソンはかつてないほど真剣な面持ちである。
 一国の王妃ともあろう女(ひと)がここまで自分を気遣っていてくれると思えば、畏れ多いのはむろんだが、改めてファソンの優しさに胸が熱くなる。
 ファソンは満足げに頷いた。
「素敵。朝鮮で一番、美しい花嫁ができたわ」
「ファソン」
 凜蓮は言葉にならず、涙声になった。両親さえ列席してくれない婚礼に、この国の王妃が駆けつけてくれた。しかも、その女性は凜蓮の一時期は?良人?とされていた国王の正妃、妻であった。世間的にいえば、良人の側妾だった女の再婚に妻が駆けつけたという図式になる。
 もっとも、兄でさえ、突如として現れたこの美少女がまさかこの国の王妃であるとは知らない。
「ごめんなさいね、凜蓮。最初から、あなたがサスとこの日を迎えられるようにしてあげられれば良かったのに」
 余計な苦労をさせたと詫びるファソンに、凜蓮は首を振った。
「謝るのは私の方です、ファソンには私のせいで哀しい想いをさせてしまったもの」
 賢宗が凜蓮を?寵愛?していたのは、あくまでも上辺にすぎなかった。しかし、王妃であるファソンは当時、それを知らなかった。良人の不実を見せつけられた形になり、ファソンも随分と苦しんだはずだ。
「昔のことはもう忘れたわ。それよりも凜蓮、これからはサスのことだけ考えて、幸せになってね」
「はい」
 凜蓮が頷くと、ファソンは袖から手巾を出して凜蓮の眼許を拭った。
「花嫁がおめでたい日に泣いちゃ駄目よ」
 ファソンが微笑む。
「婚礼のお祝いは、殿下に先を越されてしまったから、私はこれにしたの」
 凜蓮の涙を拭いた手巾をひろげた。純白の小さな布に蓮の花が咲いている。眼にも鮮やかなピンク色の大輪の蓮と蕾だ。
「私が刺繍したの。凜蓮の名前とおめでたい花にちなんだつもりなんだけど」
 凜蓮はまたしても熱いものが胸に迫った。
「ありがとうございます、大切にします」
「本当に幸せになって」
 ファソンは最後に凜蓮を抱きしめた。
 婚礼の間、ファソンは新婦の親族席―兄の隣にいた。途中で何度か凜蓮がファソンを見ると、ファソンは微笑んで安心させるように頷いた。
 もし、ファソンが来てくれなかったら、凜蓮は今日一日、心細い想いをしていたはずだ。
 ファソンは挙式後はすぐに待っていた女輿で帰っていった。この後は祝いの宴となり、サスと兄の友人たちが祝ってくれる手筈であったが、流石にそこに王妃が連なるわけにはゆかなかったようだ。
 しかし、人並み外れたファソンの美貌は兄や友人たちには相当印象が強かったようだ。
「ソギル、そなたの隣にいたあの美人は誰なんだ?」
「どこの家門の娘だろうな」
「身なりからして、既に既婚婦人ではないのか?」
「あんな楚々とした美人を妻に迎えた男は果報者だな」
 友人たちに次々に水を向けられたソギルは頭を掻いた。
「それが実は俺もよくは知らんのだ。確か凜蓮の友達だとか言っていた」
「そなたの妹の友達か、惜しいことをしたな。妻と知り合う前に、あのような娘と知り合っておくのだった」
 既に三人ともに妻を娶っている友人たちは、妻たちが聞けば怒るに違いないことを平然と囁き合っていた。

 夜になった。