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熱愛~国王の契約花嫁~外伝其の一~

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 彼女は半年前の婚儀を思い出した。凜蓮の父は吏?判書という要職にあり、朝廷ではそこそこ顔が利く。が、父はそれだけで我慢できなかったらしい。当時も今も朝廷の第一人者は領議政陳明瑞(チン・ミョンソ)である。ミョンソの一人娘華仙(ファソン)は当代の若き国王賢宗のただ一人の后であった。
 ただミョンソが政治家として重きをなし国王の信頼も厚いのは、外戚だからというだけではない。二十二歳の王はミョンソの公正明大な人柄を高く評価していた。
 凜蓮の父崔ドゴムはこの陳ミョンソに若い頃から人一倍敵愾心を抱いていた。噂によれば、若い砌、美しいと評判のミョンソの奥方を巡って父とミョンソが相争ったとか争わないとか。
 領議政の正室は今も到底、成人した娘がいるとは思えないほどの若々しさ、美貌を誇るというが、父はどうやら、この女性に結婚を申し込んで断られたようだ。 まあ、それだけを根に持っているわけではなかろうが、父が今もなお領議政を眼の仇にしている理由の一つがそれらしい。
 父は途方もない計画を思いついた。自分の娘を後宮に納れて、自分もミョンソと同様に外戚になろうとしたのである。崔家には二人の娘と二人の息子がいた。凜蓮より四つ上の姉はとうに他家に嫁いでいる。六つ上の兄は妻を迎えており、二十歳の凜蓮と三つ下の弟が残っていた。
 二十歳というのは既に婚期は逃した感が否めない。凜蓮は取り立てて美しいわけでもないし、打てば響くような才知ある類でもない。要するに、可もなく不可もない平凡な娘だ。それでも、吏?判書の息女という肩書きがあれば、結婚相手として不足があるほどではない。
 なのに何故、婚期を逃すまで独り身でいたのかといえば、やはり父の野心ゆえであった。崔家にはもう、凜蓮しかいない。はっきりいえば、政治的な手駒として使えるのは凜蓮しかいなかった。
 更に、凜蓮には既に想い人がいた。高史秀(コ・サス)、凜蓮の兄西吉(ソギル)の幼なじみであった。幼い頃、凜連はよく兄とサスの後ろをついて回った。四つ上の姉は身体が弱くて、外で遊ぶような人ではなかった。必然的に凜蓮は上の兄に構って欲しくて、何とか兄たちの仲?に入れて貰おうとしたのである。
 六歳の差、しかも男女の違いは大きく、兄は凜蓮が何かにつけて引っ付いてくるのを嫌がった。だが、サスだけは凜蓮を構い、時には彼女のせがむままに?ままごと?や人形遊びに付き合ってくれた。
―サスはよくそんなガキの遊びに付き合っていられるな。
 兄は呆れたように笑っていたけれど、サスは嫌な顔一つせず、凜蓮が気の済むまで相手をしてくれた。そんなサスに凜蓮が淡い思慕を抱くようになるのに時間はかからない。
 いつしかサスと凜蓮は恋仲になっていた。もしかしたら実の兄姉弟よりもサスと過ごす時間の方が多かったかもしれない。
 父ドゴムにサスとの仲が露見しないはずもなかった。弟が父に告げ口したのだ。その頃、兄だけが凜蓮の理解者となっていた。サスは崔家に父祖の代から仕える執事の息子だった。いわゆる上級使用人である。とはいえ、幾ら立場は優遇されているとはいえ、使用人であることに変わりはない。凜蓮とサスが結ばれる運命にあるはずもなく、二人が恋仲なのを知った父は激怒した。
 サスは崔家の屋敷から追放された。長年の忠勤に免じて、執事をしていたサスの父には咎めはなかった。サスは仕方なく都では一、二と呼び声の高い商団に行き、武芸の腕を買われて行首の護衛として雇われた。その商団は絹布を手広く扱っており、四十ほどの行首は懐も広く情理を備えた人物だった。
 凜蓮はそれでも人眼をかいくぐり、サスと逢い続けた。大抵は兄が手引きをしてくれた。寺詣でだとか何とか理由をつけ、兄が同行してくれたのだ。逢瀬は町外れの寺でほんの四半刻ほどのものだったけれど、凜蓮はそれでも十分だった。
 しかし、やがて、その儚い逢瀬もままならなくなる。寺での密会が父に知られてしまったのだ。怒り狂った父に兄は殴られ、凜蓮は屋敷の奥深く閉じ込められた。
―畏れ多くも国王殿下の後宮に入る娘の体面に傷を付けて、何とするのだ!
 父がこの期に及んでもまだ娘の入内を諦めていなかったことに凜蓮は烈しい衝撃を受けた。
 これでサスとは完全に逢えなくなってしまった。父は屈強な私兵を?護衛?と評して凜蓮の室の周囲に置き、兄とさえ逢うことはままならなくなった。
 そして迎えた入内。国王賢宗の後宮に入った凜蓮は昭容(ソヨン)の位階を与えられた。正妃ではないが、入内していきなり任じられるにしては破格の待遇である。昭容は側室としても上位だ。女官に国王の手が付く場合は別として、両班の息女が手順を踏んで後宮に入る場合、父親の官職に見合った位階が与えられる。
 つまり妃の実家の威勢が後宮での地位に反映するというわけである。そこまでして入内しながら、凜蓮はわずか二ヶ月後には後宮から下がり、実家に戻った。すべては国王その人の計らいによるものであった。
 その二ヶ月間、一体、何があったのか。凜蓮はけして口外はしないし、また、してはならないものだ。賢宗は凜蓮に永の暇(いとま)を出すに際し、もう一つの王命を出した。それは
―コ・サスと凜蓮を娶せてやるように。
 というものだった。
 実のところ、凜蓮の父はその前に国王直々に呼び出しを受け、内命を受けている。もちろん、父がすべて納得したはずはないだろうが、王命とあれば従わないわけにはゆかない。
 折角後宮に入れた娘は王の寵愛を得て、時めいていた。少なくとも、周囲にはそのように見えた。賢宗はそれまで熱愛していた王妃を遠ざけてまで、凜蓮を寝所に召していたのだ。なのに何故、突然、王が凜蓮を後宮から去らせたのか?
 父は納得ができない様子で凜蓮に何度も
―愚かな娘だ。殿下の寵を失うばかりか、後宮から追放されるとは、我が家門に泥を塗りおって。
 と、口惜しさと怒りをぶつけた。
 それでも王命に従わないわけにはゆかず、後宮を下がって三ヶ月後の今日、凜蓮はサスと婚礼を挙げる。
 それにしても思い出されるのは、鳴り物入りで入内した日のことだ。父は金を惜しまず凜蓮の支度を整えさせた。美々しい調度を従えて輿入れした凜蓮はわずか二ヶ月後には、ひっそりと逃げるように王宮を去った。
 半年前の賑々しい嫁入りと比べて、今日はどうだろう。両親は後宮から追い出された娘を家門の恥だと思い込んでいる。もとより、使用人に娘を嫁がせるなど言語道断と今も思っていたから、当然ながら、嘉礼に出席もしない。それ相応の両班家に嫁いだ姉とその良人も同じ考えだし、まだ独身の弟でさえ、凜蓮が実家に戻ってきてから、話をするどころか視線を合わせようとしもしない。
 二度目の今日こそが凜蓮にとっては本当の結婚式なのに、家族は兄以外、誰も出席してくれなかった。花婿側の執事一家は心情としては出席してやりたいらしかったが、主人がこの結婚を認めておらぬ以上、嬉々として出席するわけにゆかないのだ。
―悪く思わないで下さい。
 執事は嫁になる凜蓮に変わらず丁重な言葉で詫びた。義父の苦しい立場は理解できたから、凜蓮は何も言わなかった。ただ
―義父上さまのお気持ちはよく理解しています。
 とだけ返したのだ。