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熱愛~国王の契約花嫁~外伝其の一~

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「す、済まぬ。俺はどうも自分で勝手に話を進めてしまうきらいがあるようだ。そなたの問いに応えていなかったな。で、子どもの時分に同じことを言ったとは、どういう意味だろう?」
 サスは自分が凜蓮の問いを無視したことをしきりに詫びた。凜蓮は首を振る。
「あなた、私が泣いているのは、あなたが質問に答えてくれなかったからではないの。私が?あなた?と呼びかけて、サスがそんなに歓んでくれたことが嬉しくて」
「そんな他愛もないことがそなたは嬉しいのか!」
 サスは手を伸ばして凜蓮を引き寄せた。
 凜蓮は甘えるようにサスの胸板に頬を寄せる。
「菩提樹の下で、あなたは十年前も同じことを言ったのよ」
「十年前に菩提樹の下で?」
「そう。あの時、あなたはもう十六歳、私は十歳になっていたの。そのときも季節は冬だった。庭の寒椿という寒椿が一斉に開いて、それは見事だったのを憶えているわ。私が椿の花びらを集めて花冠を作りたいと言うと、あなたが付き合って一緒に集めてくれたの」
 しまいは、サスが集めた花びらで凜蓮が針と糸を使って花冠を作った。
 サスの顔が輝いた。
「思い出したぞ。そなたが器用に花冠を作るのを俺は横で眺めていた」
 その後で、サスはふいに凜蓮から花冠を取り上げたのだ。呆気に取られている凜蓮に向かって、まるで王女に対するようにサスは恭しく花冠を凜蓮の頭に乗せ跪いた。
―お嬢さま、いつか俺の妻になって下さいませんか?
 その頃にはサスはもう既に、その言葉の持つ重大な意味を十分に理解していた。その上で、主家の令嬢に求愛したのだ。しかし、やっと十歳になったばかりの凜蓮は、サスの真剣な求愛も乳母が語り聞かせてくれる大好きな物語の中の出来事ほどにしか思えなかった。
―判ったわ。サス、大きくなったら、私、サスのお嫁さんになる。
 大きく頷いた凜蓮をサスは眩しく見つめたものだった。
 凜蓮があの日々を愛おしむような口調で廃る。
「あのときの私はまだ幼すぎて、あなたが真剣に求婚してくれたのだとは気づきもしなかった。でも、刻が経つにつれて、あの日の誓いの意味が私の中で大きな意味を持ち、私は大切なものだと思うようになったの。いつか、あなたのお嫁さんになりたいと願うようになっていたわ」
「今から思えば、執事の倅風情が吏?判書のご息女に求愛したんだ。何とも身の程知らずなことをしたものだ」
 サスが苦笑いを刻む。
「ううん、あの日、あなたが真剣に求愛してくれたからこそ、今の私たちがいるんだと思うわ」
「あの時、凜蓮に求愛しているところを他の誰かに見つからなくて良かったよ。旦那さまに見つかっていたら、俺はあの場で屋敷を叩き出されただろうからな」
「サス」
 凜蓮はサスの胸に顔を埋めた。
「私は今、幸せよ。花冠を乗せて誓い合った約束をこうして果たして、あなたのお嫁さんになることができたんだもの」
「深紅の花びらの冠を戴いたそなたを今でも思い出すよ。とても可愛くて綺麗だった。俺の方こそ、こうして初恋が叶った。この国いちばんの幸せな男だ」
「初恋?」
 凜蓮が眼を丸くして見上げるのに、サスが紅くなった。
「初恋で悪いか! どうせ俺はそなたより六も年上だ。俺はガキの頃から、六つも下のよく泣く可愛いお嬢さましか見てなかったんだよ」
「サス、私も同じよ。物心ついたときから、憧れていたのはずっとあなただけだった。あなた以外に好きになった男はいないもの」
「そうか?」
 サスはすっかり笑み崩れてしまっている。凜蓮はサスと初恋を実らせ、晴れて夫婦となれた我が身の幸運を思った。
 去年の初夏、父に無理に後宮に納れられた当時は泣き暮らしてばかりいた。初めて国王に寝所に召された夜は、サス以外の男に触れられる前に自ら生命を絶とうとさえ思ったのだ。
 でも、国王賢宗は若くても道理を備えた人だった。
―私に任せておきなさい。悪いようにはしない。
 あの?初夜?の約束をちゃんと守って凜蓮を後宮から解き放ち、自由の身にしてくれた。?王の女?と呼ばれた身がサスと再婚して、色々と辛い想いもした。いまだに周囲が凜蓮を見る眼は冷たく厳しい。けれど、愛する男の妻となり身も心も結ばれた今はただ賢宗に感謝するのみであった。
 その数日後、凜蓮は崔家で夕刻まで女中としての仕事を務めた後、屋敷を出た。その前に兄とも少し立ち話をした。
 何と兄にはもう次の縁談がもたらされているという。ハヨンは既にひと月前に実家に帰っていた。流産後十日間は崔家で静養させ、侍医の許可が出たところで実家に戻したのだ。
 既に実家の金氏からもソギルの離縁の申し出を受諾する返事が届いているとのことだった。
―正式に離婚したといっても、何しろまだ子どもを亡くしたばかりでもあるしな。せめてしばらくは独り身で色々と考えたいよ。
 ソギルは心底疲れ果てたというように述懐していた。ソギルにとって、ハヨンとの七年に渡る結婚生活はあまり幸せなものでなかっようで、凜蓮は暗澹たる気持ちに囚われた。
―赤ちゃんのことは忘れられるものではないかもしれないけど、今度こそ幸せになってね、お兄さま。
 凜蓮が言うと、ソギルは少しだけ明るさを取り戻したように笑った。
―だな。サスとそなたに負けないように、俺も幸せな家庭を築きたいよ。 
 いつも崔家を出るのは夕刻頃だ。大抵は帰りに目抜き通りの露店を覗いて、夕飯の材料を仕入れて帰る。
 鶏肉屋で新鮮な鶏肉を買った後、数軒先の八百屋の前で脚を止めた。
 今日も下町の大通りはたくさんの人が行き交っている。時間が時間のせいか、皆、道行く人は急ぎ足である。
「おじさん、今日は何か良い野菜が入っているかしら」
 問えば、人の良さげな中年の主が愛想よく言った。
「今日は白菜の良いのが入ってるよ。大根もなかなかだな」
「じゃあ、それを戴くわ」
 いつも凜蓮はここで野菜を買うので、主人はおまけに林檎まで付けてくれた。艶々とした紅い林檎を見て、凜蓮は嬉しくなった。サスは見かけによらず(こんな言い方をしたら彼は心外だと怒るだろうが)、林檎が好物なのである。
「毎度!」
「また良い野菜が入ったら、取っておいてね」
凜蓮は八百屋に微笑むと、買い込んだ荷物を提げて歩き始める。人波に紛れて歩きながら、美しい簪を売る小間物屋や眼にも鮮やかな絹布を売る布屋、靴屋などを眺めて通りすぎる。
 崔家の令嬢であった頃は、夕飯の買い物どころか支度さえしたことはなかった。今は家事もかなり慣れて、料理の方も崔家の女中たちに教えて貰いながら憶えているところだ。
 崔家の女中たちは若い新入りもいるにはいるが、基本は古参のベテランたちが多く、凜蓮がまだ子どもの頃からよく見知っている者が多い。主家の令嬢から一転して女中となったかつての?お嬢さま?に対して、実のところ、彼女たちは温かく接してくれた。
 凜蓮が思うに、身分によって人を差別する傾向が強いのは両班が多かった。身分が高い者ほど、変わり身が呆れるほど早い。比べて、常民やその日暮らしの民、崔家の使用人たちはかえって凜蓮を気の毒がって、
―あの店は良い野菜を置いているよ。
 と、色々と教えてくれたりする。実は先刻の八百屋も崔家の料理番から教えて貰ったのだ。