Ex.
しかし、バンドの仲間も徐々にやる気を失くしていく様子を見て、そろそろ解散の潮時かと考えていた所へEx.加入の話、今度は大原もEx.のサウンドにほれ込んでいるように感じたし、純自身もEx.加入に強い魅力を感じたのだが……。
今、やはり同じことが起ころうとしている。
「なあ、もう出しちゃったアルバムは仕方ないけどさ、ライブまで管理されることはないんじゃないか? いくら大原さんでもライブを途中で止めるわけには行かないんだしさ」
純の提案、3人にもちろん異論はなかった。
次のライブ、いつもどおりに最大のヒット曲から始まった演奏にオーディエンスのボルテージは沸騰する、それも瞬時に。
たとえ自分たちの演奏に疑問を抱いていても、この瞬間は身震いするほどの快感。
しかも、今日はやろうとしている事がある、翔は緊張感が高まってきているのを感じる、純のボーカルをフューチャーしたメロディパートが終わればギターソロパート、続いてベースソロ、ドラムソロと続く、ここでメンバーの技量を存分に見せつけた上で、ボーカルが戻るのが最近のパターン、今日はそれを打ち破ろうとしているのだ……結果がどう出ようとも……。
翔のギターソロが始まる、CDとは全く異なるアプローチ、しかし、そこまではオーディエンスも着いて来られた、しかし、予定の長さを超えてもソロを弾き続ける翔に、オーディエンスは戸惑い始めた。
予定の倍の長さになったギターソロを拓也のベースが引き継いだ。
いつにも増して叩きつけるようなチョッパー、通常のベースより長いネックを持ち、弦が長い分テンションを上げてある拓也の愛器、それでも弦がピックアップを叩いてしまいそうな激しい演奏……戸惑いを超えて着いて来られなくなるオーディエンスもちらほらと出てきた。
そして康平のドラムソロ、翔や拓也に比べると普段の康平は控え目だ、ギターとベースが存分にバトルするためにはドラムスはしっかりとしたリズムを刻んでそれを下支えしなくてはならない、ドラムソロに入っても、康平はリズムとテンポをキープする事を念頭に置いている、特に4人になってからはそれは顕著で、いわば扇の要の役割を担っている。
しかし今日の康平は違っていた。
いつもは『速射砲』と呼ばれるドラムソロ、しかし今日はそれを通り越して打音がまるで絨毯のように面を作っているかのようだ、いつもならば常にリズムをキープしているバスドラムですら変幻自在にキックされる。
ざわめき始めたオーディエンスに、Ex.は更に追い討ちをかけた。
ドラムソロが続いたままギターとベースが乱入して3人によるバトルを始めたのだ。
バトルには加われない純までがステージを縦横無尽に走り回ってバトルを煽る。
ここに至って、オーディエンスははっきりと二分された。
一方はこのバトルの凄まじさを充分に堪能できるオーディエンス、そしてもう一方は……こちらが大多数を占めたのだが、バトルに着いて来ることが出来ずに戸惑うばかりのオーディエンスだ。
そして、照明スタッフまでもがどうして良いかわからなくなり、スポットライトはメンバーに固定したまま、光の演出もままならない。
30分にもわたろうかというソロ~バトルが終わり、純のボーカルが戻ってメロディラインを歌い始めてもオーディエンスの戸惑いは解けない。
そして、その戸惑いは今日のライブを最後まで支配した。
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「お前ら、一体どういうつもりなんだ」
案の定、翌日には報告を受けた大原がツアー先まで飛んで来た。
「どうもこうも、あれがEx.なんですよ」
大原に面と向かって反論したのは純、出番が大幅に削られたライブだったが、純は大いに興奮し、気に入っていたのだ。
「俺、やっとEx.のメンバーになれた気がしてますよ」
「じゃあ、今までの活動は何だったと言うんだ」
「大原さんに連れられて初めて聴いたEx.は昨日の様なバンドでしたよ、それぞれの個性がぶつかり合って先が予想できない緊張感に満ちてました、俺、このバンドに入れるならばヴォーカリストとして本望だと思いました、たとえ自分のパートは限られていてもね、一昨日までのEx.は本来のEx.じゃないです、俺のバックバンドじゃない事には満足してましたけどね」
「昨日のようなライブを続けていたらチケットもCDも売れなくなるぞ、それでもいいのか?」
「構いませんよ」
今度は翔が言い放った。
「俺もです、自分たちがワクワク出来ないバンドを続けていてもしょうがないですよ」
拓也も続いた。
「みんなの言うとおりだと俺も思いますよ、俺たちは音楽をやりたいんであって、金儲けをしたいんじゃない」
康平も釘を刺した。
そして止めは再び純。
「ライブでCDのコピーをやり続けてたら、スカイシップの二の舞ですよ、いずれ嫌気が差して空中分解する、俺はもうそんなのはゴメンなんで」
「……とにかく、ライブの構成は元に戻せ、いいな、命令だぞ」
大原は語気も強くそう言ったものの、実際にはもうEx.が自分の思い通りにはならない事を悟っていた。
誰が何をどう言おうと、ライブは始まってしまえば彼らのもの、プロデューサーがNGを出して途中で演奏を止められるものではない、そして、プロデューサーの殺し文句、『契約打ち切り』を繰り出すにはEx.は大きくなりすぎた、契約を打ち切って損をするのは大原であり、レコード会社なのだ。
ツアーの残りのスケジュール、賛否両論が渦巻く中、Ex.の面々、翔、拓也、康平そして純は数万規模のオーディエンスを前に、自分たちがやりたいように演奏して見せた。
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ツアー後の短い休暇を挟んで、Ex.は再びスタジオに集まった。
3枚目のアルバムのレコーディングの為だ。
「どうせ俺が口を挟む余地はないんだろう?」
大原は諦め顔だ。
「いえ、そんな事はないですよ、契約は契約ですからね、準備したものはきちんとレコーディングしますよ」
翔は涼しい顔をして言う。
「そ、そうなのか?」
「ええ、造反したようで申し訳ありませんでしたが、俺達を世に出してくれた大原さんには感謝してるんです……ただ、今回は2枚組にさせてもらいたいんですが、良いですか?」
「あ、ああ、それは構わないとも」
むしろありがたい申し出だ、2枚組になって単価が上がってもEx.のアルバムなら間違いなく売れるし、この様子ならまだEx.で稼ぎ続けられるかもしれない……しかし、その期待はあっさりと砕かれた。
「俺たち、解散することにしました、これが最後のアルバムになります」
「……それは……何故だ?」
不意を突かれた大原は呻くように言う。
「俺の言うことなど聞かずにツアーではやりたい放題だったじゃないか、この上まだ不満があるというのか?」
「ええ、勝手気ままにやらせて戴きましたよ、でも、それで見えて来たものがあったんです」
「どういうことだ?」