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Ex.

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 オリジナルメンバーの3人にとって、1ヶ月に及んだリハーサルとそれに続くレコーディングの日々は全く意に染まないと言うようなものではなかった、自分たちの音が野放図なものから調和の取れたものに変わってきていて、そして純のヴォーカルもぴたりと嵌っていて、『売れる』ものになりつつあることは感じている。
 当然今までのように自由に伸び伸びとは行かないが、それを受け入れることにためらいはなかった。
『音楽でメシを食えるようになるには必要な変化なのだ』と思えたのだ。
 

 新生Ex.のデビューは大型サマーロックフェスティバルのステージだった。
 翔、拓也、康平はほぼ無名、純に関しても他の出演者からすれば知名度は劣る。
 それでも機会が与えられたのは、おそらく大原が口を利いたのだろう、ただし、開始時刻はまだ強い日差しの照りつける正午からだった。
 メインステージは6万人収容だが、その時間帯ではオーディエンスもまばら、それでも数千人はいるから、これまでのEx.からすれば桁違いに多いオーディエンスだ。
 もっとも、真夏の暑い時期にその時間帯から聴いているのは相当に熱心なロックファンだ、そしてEx.の力量は彼らを仰天させるのに充分だった。
 最初のうちは思い思いに寝転んだりしてビール片手にリラックスしていたオーディエンスは1曲目が始まるなり、身を起こし、2曲目では座り直し、3曲目で立ち上がり、4曲目でステージの前へと押し寄せた。
 丁度昼時とあってピクニック気分で食事を楽しんでいた人たちも圧倒的なサウンドと湧き上がる歓声につられてステージ前に集まり始め、約1時間のステージの終了間近には倍ほどまでに膨れ上がったオーディエンスを熱狂させた。
 無名だったEx.がその実力を世に示した瞬間だった。

 その夏、いくつかのロックフェスに出演したEx.はオーディエンスを魅了し続けた。
 弦が煙を上げるのではないかとも思えるギター、殴りつけるようなベース、マシンガンのようなドラムス、そして天翔けるハイノートのヴォーカル。
 それらが一丸となって極上のハードロックとなり、オーディエンスを圧倒する。
 メディアもこの超新星を絶賛し、デビューアルバムは一躍ヒットチャートに躍り出た。
 それを受けて全国ライブツアーも決定し、行く先々で熱狂的な歓迎を受け、Ex.もその歓迎に充分に応えるパフォーマンスを見せ付けた。
 

 何もかもが変わった。
 つい数ヶ月前まではバイトで生活費を稼ぎ、ライブハウスで限られたファンを前に演奏する日々、それが演奏する為だけに旅をし、数千人、数万人のオーディエンスを前に演奏する日々に変わったのだ、そして自分たちに対する評価はうなぎのぼり、何もかもが好転し、がっちりと歯車がかみ合ったような充実した日々に思えた。
 
 そして、次々と決まるライブスケジュールの合間を縫ってセカンドアルバムのレコーディングも始まった。
 大原の注文はファーストアルバムの時にも増して多くなっている。
 しかし、爆発的な成功に酔った彼らは、その注文を助言と受け取った。
『もっと売れる為にはこうしたほうが良い』、『こうすればもっと良くなる』
 当初は大原に対して懐疑的な目を向けていたはずだった、しかし熱に浮かされたような日々が彼らの感覚を麻痺させていた……。
 
 出来上がったセカンドアルバムは、ファーストアルバムに増してキャッチーでメロディアスなものに仕上がり、大きなセールスを記録した。
 Ex.はもはや押しも押されぬ人気バンド、セカンドアルバムのリリースに合わせて行われたツアーはもはやホールには留まらず、スタジアムやドームと言った数万人規模の会場になった……。

♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪

 旅とライブの日々は刺激的だった、どこへ行っても数万人のオーディエンスが詰め掛けてくれる、忙しくも充実した日々が続いた。
 しかし、熱狂と賞賛の日々が2年近くも続く内に、微妙な変化がバンドに、メンバーに訪れていた……。

 最初に『違和感』を口にしたのは、意外なことに純だった。

「なんかさぁ、最近のライブだと出来が良くても悪くても変わんないよな」
 それは他の三人も薄々気づいていた、気づいてはいたが、大きな成功に酔う気持ちがそれを表面に出させなかっただけのことだったのだ。
 康平が純の言葉を引き継いだ。
「つまりさ……ドームのオーディエンスって、俺たちの演奏を聴きに来てるんじゃなくて、俺たちのライブに来ることそのものが目的なんじゃないか?……」

 確かにライブハウスのオーディエンスは出来不出来に厳しかった、自分たちでも納得出来る演奏が出来れば大いに沸くし、イマイチならばそれなりの反応しか返ってこなかった。
 しかし、ドームのオーディエンスは違う。
 最初から熱狂する為に集まり、多少の不出来には気付きもしないのか、常に同じように熱狂してくれる。
 オーディエンスとの真剣勝負の雰囲気はそこにはない。
 
 それを感じ取ってしまうと、手抜きが始まる。
 どのみちアドリブなぞ真剣に聴いてやしない、と思えば使い慣れたフレーズを多用し、同じようなアドリブパートを演奏してしまうようになる。
 アドリブバトルはもっと顕著だ。
 メンバー同士が火花を散らしてオーディエンスをも巻き込む熱気は影を潜め、形の上だけのバトルになってしまい、CDに収めたバトルに近いものばかりになってしまう。
 しかし、ドームのオーディエンスはCDに近いものであればあるほど喜ぶ……。
 オーディエンスが熱狂すればするほど彼ら自身は醒めて行くようになってしまった。
 
 Ex.を結成した頃は違った。
 康平のドラミングにほれ込んだ翔がセッションを申し入れ、意気投合した。
 そして、康平の知り合いだった拓也とセッションし、疾走するドラムスが叩き出すリズムの上でギターとベースのバトルが繰り広げられると言う構図が出来上がった。
 貸しスタジオを安く使える日中を練習に充てるために、深夜までバイトに励んだ。
 親からは『いい加減にしろ』と小言を食らいつつ、いつか音楽でメシが食えるようになることを夢見て頑張った。
 しかし、夢が想像を遥かに超えるレベルで実現した今はどうだ……。
 
 純の思いはもっと切実で現実的だ。
 レッド・ツェッペリンのロバート・プラントに憧れ、ハードなボイストレーニングの末に彼のようなハイノートを手に入れた。
 実力はEx.に遥かに劣るものの、同じようにレッド・ツェッペリンに憧れる仲間と、少しでも彼らに近づこうと練習し、ライブハウスで腕を磨いた。
 そして大原との出会い……仲間に別れを告げて大原が勧めるバンド、スカイシップに加入、やはりレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジに憧れていたギタリストとのコンビが嵌まり、ヒットも飛ばした。
 しかし、売れることを第一に考える大原の方針に不満を抱いたギタリストは、自らが結成したバンドを去り、バンドを存続させて契約を全うする為に純は残った。
作品名:Ex. 作家名:ST