女ともだち
羨望
早苗は、窓越しに今帰って行った律子たちの姿を探したが、この高さでは、自動車でさえも米粒にしか見えない。
久しぶりに会った同級生――特に百合子の幸せそうな姿が、早苗にはとても眩しく映った。その背後には、楽しい笑い声に包まれた温かい団らんが見える。
恋をして、求婚され、ウエディングドレス姿をみんなに祝福される。新婚旅行は、まさにふたりだけの世界を満喫できる数日間であったに違いない。何を見ても美しく、どんな会話も楽しいことだろう。
そして、新居は文字通り愛の巣だ。それを一から作り上げる喜びは、女にとって最高の時間だろう。その先、さらに幸せな時が訪れる。新しい命が自分の胎内に宿ったことを知るとはどんな感覚なのだろう……それを告げた時、夫はどんな表情で喜びを示すのだろう……初めてわが子を抱いた時、初めて乳を吸われた時、いったいどんな気持ちなのだろう……
七五三のお宮参り、お節句、入学式……記念写真はどんどん増えていき、家族旅行のスナップ写真も加えると整理しきれなくなっていく。
自分が想像するしかできないこれらのことを、百合子はすべて体験してきたのだ。なんと羨ましい、早苗は心からそう思った。
早苗は、幼い頃からバイオリンを弾くのが大好きだった。食事を忘れるくらいに夢中になった。成長してもその熱意は変わらず、恋も結婚も考えず、ただひたすらバイオリンを弾き続けた。何の迷いもなかった、ただただ幸せだった。
ところが四十才に近づき始めた頃、もう子どもが産めなくなる年齢に近づいているという思いが、急に芽生え始めた。結婚も出産もその気になればいつでもできる、そんな風に心のどこかで思っていた。しかし、その期限が近づいている――それを脳の中の女の部分が信号を発したのかもしれない。
だが現実、名前が売れ始めてくると、近寄ってくるのは、早苗を自分のステータスの対象としか思わない男たちばかりだった。早苗を横にはべらせておきたい、あるいは噂になって名声を稼ぎたい、そんな男たち。もはや純粋な恋など望める状況ではない。結婚なんて夢のまた夢、もちろん子どもなんて……
ホテルの一室のようなこの無機質な空間にひとり、いつまで暮らしていかなければならないのだろう。そんな空しさに襲われた時、助けてくれるのはやはりバイオリンだった。バイオリンさえ弾いていれば、すべてを忘れられる。ひととき幸せな気分になれる。でも、そのバイオリンのせいで、その他の幸せの種をすべて失ってしまったともいえるのだが。
四十歳の今ならまだ間に合うだろうか? 家庭というものをもてるだろうか?
百合子は早苗のマンションを訪れた夜、なぜか早苗のことより律子のことを考えていた。
不倫の相手とはどんな人なのだろう? もしかして、今日あの後、ふたりは会っていたのかもしれない。高級家具に囲まれて、優雅な暮らしをしている早苗より、恋に仕事に、自由気ままに暮らしている律子が、百合子は羨ましかった。
専業主婦なんてなんの価値があるのだろう。いずれは子離れを余儀なくされる母親業にしがみついてどうなるというのか。律子の不倫相手のように、もしも、夫が浮気をして家庭が崩壊したら、自分の今までの努力は水泡と化してしまう。こんな危うい状態から脱して、何があっても自分の足で歩いていけるよう、自立をするべきなのではないだろうか。
同級生三人の中で、家庭に入った自分が最も年老いているように、今日あらためて思った。ただ毎日家事をこなし、いつしか身なりもかまわなくなってしまったのだから当然だろう。彼女らのようにはつらつと生きていきたい。
今からでも間に合うだろうか?