小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

次元を架ける天秤

INDEX|34ページ/34ページ|

前のページ
 

 しかし、石狩教授の方は、長男ではなかったので、英才教育のようなものはなかった。しかも没落華族の末裔では、英才教育などあったものではない。夫人の方の家庭の方が、まだまだ過去の栄光にしがみついていたのかも知れない。
 さらに、夫人の性格が気の強いところもあり、結婚前はお嬢様の仮面をかぶっていたのだ。
 しかし、結婚してからというもの、その本性を剥き出しにし、家の中での態度が大きくなってきた。
 ちょうどその頃、お腹の中には健一がいた。
 二人の結婚は三十歳を過ぎていたこともあって、初産としてはギリギリだったと言ってもよかった。
 子供が生まれてから、完全に結婚前と性格が変わってしまった。嫉妬深く、猜疑心が強い。石狩教授は子供ができてしまったことで、離婚もできなくなり、精神的には窮地に追い込まれていた。
 大学で親交の深い秋田教授と、家族ぐるみでの付き合いが始まったのは、ちょうどその頃だった。
 石狩教授は、麻美を見て完全に一目惚れだった。そのことを石狩夫人も分かっていたのだ。
 石狩夫人は、そんな夫に対して、愛想を尽かしていた。今度は目の前にいる秋田教授の存在が気になり始めた。石狩教授は夫人のことなど、もうどうでもいいと思っていることもあったので、夫人も行動しやすかった。
 秋田教授を誘惑することはそれほど難しくはなかった。
 秋田教授も、実は麻美と結婚して少し後悔していたのだ。
 こちらがいくら愛情を注いでも、何を考えているのか分からないような態度を取る麻美を見て、
――まるで仮面夫婦じゃないか――
 と、考え始めていた。
 だからといって、離婚までは考えていない。離婚しようと思うほど、秋田教授は肝が据わっていなかったのだ。
 秋田教授が石狩夫人の張り巡らした糸に引っかかるのは、造作もないことだった。
 しかも、嵌り込んだら抜けられなくなったことで、研究以外のことには、何も感じなくなっていた。
 秋田教授の研究が飛躍的に向上したのは、その頃からだった。
 研究が一段落するのが、それから五年後だった。
 その間に、麻美に子供ができた。まさか、その子供も研究員になるなど想像もしていなかったのだろうが、秋田教授の研究が実を結ぶことになったのは、息子が小学生の頃だった。
 そして、秋田教授の心臓麻痺による突然の死、石狩教授の失踪に続いてセンセーショナルな出来事が続いた研究所だったが、秋田教授の死が、ただの心臓麻痺だとして片づけられると、次第に二人の話題が出ることはなくなってしまった。
 秋田教授が存命中は、石狩教授の話題も時々出ていたが、二人ともいなくなると、まるで二人がこの研究所にいたこと自体が否定されたような雰囲気になっていた。
 手紙には、そこまで書かれていたのだ。
 実際にその内容は事実であり、まるで見ていたような内容だった。少なくとも石狩教授が消えた時はもっと前のことだったので、石狩教授が失踪したことで、その後の未来がこの手紙の通りに展開した。
 つまりは、失踪の瞬間から、未来は確定していたのである。
 そして、こう結ばれている。
「私の失踪、そして秋田教授の心臓麻痺は、秋田教授の不治の病という、どうしようもない現実を何とかするため、そして、人間の性格や運命といった、その人に決められた運命を変えることができるかという発想でもあった。私は、この二つを天秤にかけてみた。どちらが重いのか、比較にならないもののはずなのに……。しかし、それは同じ次元で考えた時のことだ。次元の違う天秤にかければどうなるか? 私は答えを見つけることになるだろう。息子の胸に天秤が見える。それが答えなのかも知れない……」
 二人の計画は、そのまま息子たちに受け継がれた。
 麻美と石狩夫人は、今は落ち着いている。
 過去のことを清算しようとは思っていないようだが、二人が落ち着くであろうことも、石狩教授の手紙には予言されていた。
――これも、次元の違う天秤の影響なのだろうか?
 二人は、しばらくしてこの世界に戻ってきた。
 誰もが二人が消えていたことなど知らなかったように、記憶が操作されていたのだ。
 そして、秋田教授は石狩夫人と、石狩教授は麻美と新しい生活をスタートさせた。
 いや、それも最初からそうであったかのように自然な形でである。
「俺たちの存在って、いったい何なんだ?」
 健一は、研究所の奥で秋田助手を遠くから眺めた。
 その姿に気が付いた秋田助手は、
「お兄さん」
 と言って、手を振りながら、健一に向かって歩いてくる。
 弟は、子供のなかった秋田家に、養子となった。それもすべてが公認のこと、お兄さんと大きな声で呼ばれても、誰も不思議には思わない。
「今日は大変だったね?」
「ああ、お父さんが失踪して死亡ということになったのに、今また戻ってきたのだから、俺も弁護士として、いろいろ大変なんだよ」
 本当は、タイムパラドックスに違反したことで、父は起訴されていた。研究所での仕事は表の顔、裏では、タイム警察の弁護士をしていた。健一は、胸の弁護士バッチを指で弄るのが癖になってしまっていた……。

                  (  完  )



2


作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次