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次元を架ける天秤

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 このお話はフィクションであり、作中の団体名、個人名は架空の存在となりますので、ご了承願います。

                  行方不明

 真っ暗な廊下の向こうには、かすかに差し込む光だけが影を作っている。元々、どこから伸びている影なのか分からない状態なのだが、シーンと静まり返った空間に、どこからともなく水滴が落ちる音が聞こえた。
 オカルトのような雰囲気だが、誰もいない場所での空間というのは、えてしてこういうものなのかも知れない。警備をロボットに任せるようになってからというのは、不思議に感じることはないが、人間が警備員をしていた時であれば、
「この建物、薄気味悪い」
 として、話題になったかも知れない。
 警備ロボットも本当はいらない。各部屋にはセキュリティが施されていて、昔から行われている指紋認証も当てにならなくなったこともあり、骨格認証や、指をあてただけで、可能になったDNA認証まで施されている最先端の建物だった。
 それも当然であった。その場所は国立大学の政府公認研究所で、国家機密に抵触するような研究も行われていた。最新鋭の整備が装備されているのも無理のないことだった。
 建物自体は三階建てと、あまり大きくはないが、知られていないところに地下室もあり、有事の際には、シェルターにもなっていて、一部の噂では、国会議事堂と地下道で繋がっているという根拠のないものもあった。
 今年は二〇六四年、我が国も変革を遂げた。国立研究所の中に政府公認の研究所が設立されて三十年になる。最初は国民は誰も知らない存在だったが、マスコミにリークする人が出たことで、世間に公表されることとなった。遅かれ早かれ公表は考えられていたが、思わぬ公表になったことで、一時、研究所は騒然となった。
 しかし、リークした人が政府関係者だと思われていたが、実際には研究所側からだったことで、研究所はそれ以降、世間には公表された反面、内部の規定は厳しくなり、研究員も選定されたことによって、かなり人が入れ替わったのも事実である。以前は、大手企業の研究員を引き抜いてきていたりしたが、今では生え抜きの研究員ばかりである。
 当初は、研究所運営のノウハウを得ることや、研究成果は民間にしかなかったこともあって、どうしても民間研究員が必要だったこともあっての、非公開だった。しかし、すでに民間研究員は必要なく、うちわだけでやっていけるのが分かったことで、公表も時間の問題だった。だから、リークは研究所にとってはそれほど大きな問題ではなかったが、それ以上に、リークということが、閉鎖された空間の中で行われたことが問題だったのだ。
 結局、犯人は分からずじまい、ただ研究所からのリークであるということだけは、履歴から分かった。
 外部からの侵入に関してと、研究結果や研究経過などの流出に関しては敏感だったが、個人の気持ちの制御や、待遇などは二の次になっていた。不満が鬱積していなかったとは言えないだろう。
 それ以降、研究員の福利厚生に関しては、十分なくらいに整備された。それまで過酷な労働条件だったが、残業も決まっていて、
「研究員の状態を一番に考え、万が一納期が遅れても、それは仕方がない」
 とまで言われるようになった。
 しかし、それは上層部が取り決めたことで、そこまでのことは一般には公表されていない。人間というのは、甘い考えを持つと楽しようと考えてしまい、身体や精神がついてこなくなる場合がある。もちろん、個人差はあるが、絞めるところは絞めていかないといけないのだ。
 それでも、研究所は時間で制御されるようになった。効率よく研究を続けるには、エンドレスはあまりよくないという心理学の先生の話もあり、まったくの無人の時間が研究所にできるようになったのだ。
 リークの前までは考えられないことだった。
「三百六十五日、二十四時間、必ず誰かが研究している」
 という状態が、設立時から続いた。
 それは、やはり民間企業から引き抜いた人の考えがあったからだろう。
 彼らは研究のためなら、三度の飯や、睡眠時間を削ってでもいとわない。二、三日徹夜してもいいと思っているような人が多かった。
 しかも、彼らには競争心が旺盛だった。元々民間企業にいた時から、
「ライバル会社には負けるな」
 と言われ続けてきたのだ。
 この研究所は、最初烏合の衆だった。いろいろな企業の研究員をかき集めてきていたので、競争心もあらわだった。
 もっとも、それは研究所を開設した政府の思うつぼでもあった。
「競争心を煽ることで、彼らの能力を最大限にまで引き出すんだ」
 と公言している政府高官もいた。
 ただ、それが本当に最高の結果をもたらすかどうか、疑問なところはたくさんあった。政府高官がそこまで計算していたかどうか分からないが、結果としてリークという形になったのだから、一概によかったと言えないだろう。
 それでも、民間から引っ張ってきた研究員は、それなりに研究成果を上げてきた。少なくとも彼らの功績が大きかったのは間違いのないことで、政府としても、満足の行くものだった。
 それでも、彼らへの待遇はあまりいいものではなかった。
 確かに民間企業のサラリーマンから見れば、けた違いの給料をもらっていたが、彼らには自由などまったくなく、研究所に缶詰状態だと言ってもいい。民間の時も似たようなものではあったが、その時は、ロボットのごとく働けばよかった。
 しかし、今度は烏合の衆に放り込まれたことで、自分でも理解できない精神状態に陥ってしまい、そのまま鬱状態から、身体を自分の意志で動かすことができないほどにまで、精神を蝕んでしまった人もいた。
 そうやってリタイヤする人もいたことで、政府は研究所の改革が急務であると認識するに至ったのだ。
 研究所の公表はもちろんのこと、研究所に市民権を与えることで、研究員の気持ちにゆとりを与える必要もあった。そして何よりも、生え抜きの研究員がいないことを問題として、各大学からの一定の人員を募集したのだった。
 募集の数は結構あった。
 民間の企業に内定していた人まで、募集に応募する人もいたりして、人気は上々、それでも人員には制限があるので厳正な試験に合格した人が入ってきた。
 募集の基準としては、
「偏った人ばかりにしない」
 というのが第一条件だった。
 個人個人は個性に特化した人が入ってくるのは当然だったが、
 化学部門、生科学部門、医学部門、心理学部門など、それぞれに特化した人を入所させた。
 今までは医学部門、心理学部門に特化した人はいなかった。この二部門に関しては、研究員を裏から支えるという目的もあったが、それとは別に他の目的もあった。
 ロボット研究に役立てるという意味もあり、
「ロボットに、人間の管理をさせる。管理と言っても、個人が自分では分からない部分、自覚していない部分を把握させることで、人間の可能性を追求し、いずれはタイムマシンなどの遅れている研究部門の推進を促す」
 という目的があったのだ。
 二十年前のこと、研究所がやっと軌道に乗りかかった時、世界的に大きな問題が勃発した。
作品名:次元を架ける天秤 作家名:森本晃次