遅くない、スタートライン 第5章
第5章(4)
俺はみぃちゃんの亡くなった旦那さんに手を合わせてから、1階の片づけを手伝った。手伝ってる時にお互いの事を話しては手を止め、うなづき、共感し自分の思う気持ちも言った。この話がいい方向に向いたのか、俺とみいちゃんは距離がグーンと縮まったようだ。
「そうなんだ…そりゃ反対食らうわ。でも、よぉお姉さんとお兄さん許したな。あきら先生のご家族も」
「だよね。今になってそう思う!私さ…一度決めたらダメなの。周りが何と言おうが、先生も最初は何言ってんだ!こんなおじさんにと苦笑いしてたし、でも先生は私と結婚してくれた。お情けさで結婚してくれたのかと思った時期があった。でも違うかった」
俺は棚を電動ドリルで解体しながら、顔だけみぃちゃんの方を向けた。
「だよ…じゃなきゃ、結婚式挙げてないけどウェディングドレス買ってくれて写真撮ったんだろう。赤ちゃんができた時の喜びと妊婦の妻を思って家買うかよぉ?」
「だよね。人っていなくなってからこんなことを思うんだね。現金だわ…ホントに」
「そんなもんだよ。俺だって同じさ!作家業が忙しくて取材旅行や付き合いで家に帰っても寝るだけ。嫁さんがギャァギャア言うのに耐えれなくて、ホテルで仕事してたしさ。子供ももちろんかわいかったよ…でも俺は子供にも優しくしてやれなかった。どうせママの方がいいんだろう?ってね」
「ママはね特別なの。パパがいてこの世に誕生したけどね、私も両親が亡くなるまでママは特別だと思ってたから」
「そんなもんだな。自分の腹の中で10ケ月育ててきて、また子供もへその緒でつながって母親の感情や言葉や優しいしぐさが伝わってるんだ」
「だと思う…でもパパの存在もなきゃ赤ちゃんは生まれないからね。お子さんとは逢ってるの?」
「離婚してから逢ってない。俺には絶対逢わせないって嫁さんに言い切られたから」
みぃちゃんの手が俺の手に重なった。
「そうなんだ…ホント人生は色んな事があるね」
「だよな。でも俺も離婚して、みいちゃんも旦那さんの死別があって巡り会ったんだよ。俺はそう思ってるさ」
「うん。だから、今こうして私とマサ君はいるのね」
「ですよん。あ、夕方はさ俺んちこない?俺も食べてばかりじゃないよ。料理できるもん」
「はいはい。では私はソファに座ってますよ」
マンションに帰る前に、駅前のスーパーで材料を調達した俺は部屋の掃除をした。みぃちゃんは後でマンションに来ることになっていた。みぃちゃんが来るまで後1時間だ。気合入れて掃除しなきゃ…俺は掃除を始めた。
「いらっしゃい。どうぞ」俺はスーパーの横にある日用雑貨のショップで、みいちゃん専用のスリッパを買った。みぃちゃんは足が小さいから、大人用のMサイズでも大きいらしい。だからSサイズを買ってみた。また…みぃちゃんが喜んでくれそうなキャラものにした。案の定…喜んだ。
「どこで買ったの?このキャラでSサイズってないと思ってたの?かわいい」と、歓喜の声をあげてくれた。
「スーパーの横の日用雑貨のショップだよ。みぃちゃん入ったことないん?女性なら好きでしょう。あの手のショップ」
「うん。好きだけど、いつも大荷物だから、店の中に入ったらご迷惑かけちゃうかなって。で足が遠のいてました」
「今度は一緒に行こう。みぃちゃんが喜びそうなモノ一杯あったぞ」
「うん。マサ君」嬉しそうに答えたみぃちゃんだった。
私はホント…ソファに座ってた。マサ君が座ってろって言うから(笑)マンションに帰る前に買い物したの?前に来たときはそんな土鍋なかったじゃない?それにIHコンロ調理器なんても見なかったわ。あのデカイ姿で、スーパーで買い物したんだ。今、対面式のカウンターキッチンで野菜を包丁で刻んでるマサ君を見て、私はつい色々と想像していた。
「デカイ姿で、どんなツラして買い物したんだ?前に来たときはそんな調理器や土鍋なかったぞ?か」
「マサ君!エスパーなのぉ?よくわかったね」私は軽く口を押えて笑った。
「みぃちゃんさ、想像してる時結構目が泳いでるぞ!で、口はちょっと開けてる。俺は講義の時に観察させてもらった」
「そ、そう?」俺が言ってることが当たってたみたいで、ちょっと狼狽していたみぃちゃんだった。
後で、ガッツリ怒られた俺だけど。( 一一)
「あぁ…美味しかった。つくね!あれ関西の白だし入れたん?しょうがも利いてる」
「うん、あの白だしは関西しか売ってへんけど。あのスーパーは置いてるんだ!1種類だけ」
「いやぁん…知らんかったわ。私はお姉ちゃんがまとめて買う時に数本分けてもらって、自分で買ったことなかった。そうなんだ」
「うん。あぁ…しめのお雑炊もみぃちゃんのマネさせてもらった。卵の溶き方も」
「うんうん…お雑炊も美味しかった。卵ふんわりでね!マサ君…普段自炊でご飯食べてるの?」
私は使った食器をトレーに乗せてキッチンに持っていた。
「煮詰まってる時は、自炊して手足を動かすと気が鎮まるんだ、俺!その時に冷蔵庫にあるもんで飯作る!ま、飯は炊いて冷凍でもいいけどさ。俺冷凍ご飯好かん。炊いてその都度食べきるようにしてる。あ、後雑炊もよく食べる。余ったご飯で」
「ほぉ…MASATO先生すごいね!私…煮詰まると部屋の隅っこで、逆立ちする」
「さ、逆立ち?みぃちゃんできるん?」俺は驚いた。だって…
「あ、私にはできないと思ってる?知らないの?今の逆立ち方法」
「今の逆立ち方法って?」俺初めて聞いたぞ。
「本来の逆立ちは、壁に向かって足を蹴ってたでしょ?今は壁に沿って足を上げていくんだよ。やったことない?」
「うんうん!ね…みぃちゃん今やってよ。俺みたい!」
「わ、わかったわよ。うん…あぁ!!カラかったわね。私スカート履いてるの知ってて」
口に手を当てて笑った俺を、怒ったみぃちゃんが俺の腕をバンバン叩いた。
「ご、ごめんごめん。だってさ、想像したらおかしくっておかしくって」俺はこみ上げる笑いが止まらなくなった。
「悪かったわね!」あ…ほっぺた膨らんだ。これはマズイ…俺は手を伸ばした。
「すんません…ね!デザートで機嫌なおして。ゴディバの生チョコ」
この言葉に、みぃちゃんのほっぺたがへっこんだように見えたのは俺だけか?
俺の目の前で、ゴディバの生チョコ4個目を手に取ってるみぃちゃんだ…そろそろ止めないとな。
「俺も甘いもん好きやけど、みぃちゃんも相当だな。それ…お姉さんの前で食べたらさ」
俺のその言葉に、ゴディバの生チョコを箱に戻したみぃちゃんだ。
「そんなお姉さん怖いの?」俺はみぃちゃんの顔を覗き込んでやった。
「うん、超怖いの。綺麗な顔してさ、言うこときついし、言うこと聞かなかったら睨まれるの。あの切れ長の目で!お兄ちゃんと私は蛇に睨まれたカエル状態だよ。お姉ちゃんの声のトーンが低くなったら、瞬時にやめなきゃ…オシリ叩かれるんだよ。痛いんだよ!すんごく」
みぃちゃん…リアルすぎだよ。まさか…
「今も叩かれてるとか?」俺の言った言葉に、みぃちゃんは口に手を当てた。しまったぁ…だな。
「マジかよぉ?」
作品名:遅くない、スタートライン 第5章 作家名:楓 美風