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遅くない、スタートライン 第5章

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第5章(3)

その日はMASATO先生こと、マサ君が車で家まで送ると言ったが。まだ病み上がりだ。風邪がぶり返してもいけない。また終バスの時間もタイミング良く乗れた。窓から私は手を振った。マサ君も手を振り返してくれた。交差点で左折するまで手を振った私だ。私は家に帰ってから、自分の寝室には行かず2階の洋室に入った。いつもの習慣だ…ライトをつけて窓辺の写真に手を合わせた。

「あきら先生…いいかな?この前で神戸行きで全部手続き済んだよ。あきら先生言ったよね。私に…」
私は涙で潤んだ眼を軽く指で押さえた。
「ちゃんと言った方がいいよね?後出しはダメだよね?それでマサ君が嫌なら…ううん。考えないことにする。美裕の悪い癖だよね…相手の答えもわからないうちに諦めるの、うんわかった。あきら先生おやすみなさい」
私は写真に向かって手を振り、部屋を出た。


翌日の11時には、俺はマンションのパーキングにはいた。みぃちゃんはお昼からでいいよと言ったが、あぁ…ちゃんとラインしてから行かないとな。俺は車の中でラインをした…もうすぐにでも出れるようにとエンジンもかけていた。おぉ…起きてましたか?すぐいにみぃちゃんからラインの返事が来た。
「えぇ…マジで。嬉しい…ランチ食べさせてくれるんだ。あぁデザートも!じゃ…俺は何を手土産にしようかな。うん…あれにしよう」
俺はスマホをスタンドに立てて、アクセルを軽く踏んだ。

「いらっしゃい!もぉ…わかるよね?パーキングしたら玄関まで来てね」と、みぃちゃんの声が聞こえて車庫のシャッターがオープンになった。俺は車をパーキングして、紙袋を持って玄関までの石畳の小道を歩いた。この石畳の小道…ええわぁ。構想が沸きそうや!そんなことを考えながら、石畳の小道を歩いた。また今日は石畳の小道に白いベンチとテーブルが出ていた。前こんなんあったか?

「マサ君!今日は暖かいしお天気もいいから外で食べよう」とまた、玄関のインターホンからみぃちゃんの声が聞こえた。

「うっ…うまぁ!!これみぃちゃんお手製?自家製ローストビーフにソース」
俺は目の前のローストビーフに超美味くて叫んでた?またローストビーフにかかってるソースが絶品だった。
「うん。これもパティシエ時代にオーナーシェフから教えていただいたの。スィーツ作るだけじゃダメだぞって。あとこれも食べて!オーナシェフ奥様直伝トマトとチーズのホットサンドに、オーロラソースがけのチキン南蛮とぉ」…みぃちゃんは話し出した。

「めっちゃ美味かった!俺…超幸せ!ごちそうさまでした」とみぃちゃんの真似して手を合わせた。
「イエイエ…そんなに喜んでくれて嬉しいです。デザートも綺麗に食べてくれてありがとう」
「朝早くから作ったん?昨日遅かったのにさ…」
みぃちゃんはコーヒーをドリップしながら、俺の顔を見てちょっと笑った。
「うん。ちょっとね!ま、材料はあったから…誰かさんの仕事の真似しちゃったわ」
「はいはい。何事もちょっと余裕を持ってね」その言葉に…みぃちゃんは俺の顔を見た。

「マサ君…コーヒー飲んだらお話があるの。聞いてくれる?」
今度は俺がみぃちゃんの顔を見た。みぃちゃんは俺に軽くうなづいた。

みぃちゃんは…俺を2階の洋室に案内した。そして窓側に俺を連れて行った。窓側に写真立てが2個あった。一つはご両親だな…まだ若い40代ぐらいのご夫婦の笑った写真があった。それはわかる…もう1つの写真たては、ご両親と同じぐらいの男性が写っていた
「マサ君…私ね。後から言うのってダメだと思ったんだ。聞いてくれる?話を聞いた上でマサ君の答えも聞きたいの」
俺はうなづいた。

「あのね…結論から言うと私は1度結婚してるの。25歳の時に結婚したの…でも、28歳の誕生日を迎えた数日後にバツイチになったの。あぁ…バツイチと言っても、浮気されたとか、私が浮気したとかじゃないんだ。マサ君…覚えてるかな?今から3年前にさ…」

みぃちゃんが潤んだ目で話し始めた。3年前に旦那さんは、旅行先で不慮の事故で亡くなったそうだ。高速道路の登り車線でマイクロバスを追い越した軽自動車がスリップし、左車線を走っていたミニマイクロバスに衝突し、軽自動車は吹っ飛び、ミニマイクロバスは衝撃で道路に横転したそうだ。俺はこの事故は少し記憶があった。確か…軽自動車とミニマイクロバスに乗っていた運転手を含め…全員亡くなった。その亡くなった人の中に、みぃちゃんの旦那さんがいたそうだ。病院に運び込まれた時はもう…危篤状態で意識レベルも悪かったそうだ。でも、亡くなる間際に妻の耳元で、途切れ途切れの声で言ったそうだ。

みぃちゃんは軽く目を押えて言った。
「私…亡くなった主人の教え子なの。中学2年生の時の担任で国語の先生だった。中学卒業してから10年ほど逢ってなくて、同窓会で先生に再会したの。私ね…その時パティシの仕事が辛くて辛くて、投げやりだったの。仕事も自分自身も…先生は私の性格知ってるから怒らずに、話を全部聞いてから私にちょっとずつ諭してね、MASATO先生のかもめ本みたいに、紙に書いて「よぉく考えてみぃ…美裕は頭ごなしに言うてもあかんやろ」って、納得させてくれたり、美裕が改めなきゃいけないよ。って言ったり、ほら…私両親いないでしょ?お父さんとの記憶が小さい頃しかなくて、先生をお父さん思ってた部分もあってね。でも私も26歳の女だったから、結婚もしたかったの。先生…独身だったし!あぁ…その当時で43歳だったの…そりゃ周りは反対だよね。17歳年下の女に元教え子って…でも反対押し切って結婚しちゃった。先生との結婚生活は2年だったけど…私は幸せだったと思ってる。先生が事故で亡くなった時に私…」
みぃちゃんは自分のおなかを押えた。まさか…

「パティシエの仕事って立ち仕事じゃない?またその当時ね…ツーシェフがオーナーシェフと対立してて。私も精神的に色々参ってて、気づかなかったの。おかしいなとは思ってたけど、病院行ったら4ケ月入ってて先生に怒られたわ。妊娠したって先生に言ったら、喜んでくれた。それまで小さなワンルームに夫婦2人で暮らしてたの。先生は生まれてくる子供の為にご両親から譲り受けた田舎の土地を売って家を買おうって!土地が売れて、先生は私の仕事場が歩いて行けるように、近くに家を買ったの。先生はローンを返していけるのか心配だったわ。でも心配するなって。生まれてくる子供が成人したら自分は63歳やけど、大学まで出すから!って…でも。先生が修学旅行の視察に行った帰りにあんな事故にあってね。私…先生が亡くなった直後に倒れちゃって。先生をちゃんと見送れなくて…赤ちゃんもおなかの中で死んじゃったの。男の子だった…今度の健診で性別がわかるねって、事故の前の日に言ってたの」
みぃちゃんの涙が、カーペットに落ちては小さなシミになっていった。俺は…みぃちゃんの頭を軽く腕で抱いた。

「ありがとう…ちゃんと話してくれて。話してくれるってことは…俺とのことはみぃちゃんなりに考えてくれてるってことやね?」
「うん…結婚してたことや妊娠してたことは話さないといけない。ずっと黙っててバレたら…いやでしょ」