ツイスミ不動産 物件 X
「クワガタ、応対して」
課長、通称カサリンが部下の自称イケメンの紺王子宙太(こんおうじちゅうた)に指示を飛ばした。
だがPC画面に顔を近づけたまま「物件見積もり中、忙しっス」と。
この命令無視の返答にカサリンはムカッと来た。直ぐさま言い放つ。
「朝礼で確認したでしょ、目の前の顧客第一と。上客無視の業務怠慢野郎め、夏ボーナスは100%カットに決定!」
これぞ部下からのシカトに対し強烈パワハラ。
まあどっちもどっちだが、紺王子にとって賞与ゼロは死活問題。ここは素直にスッと立ち上がり、昆虫・クワガタなりの笑顔で「どのような終の棲家をお探しでしょうか」と問い掛けながらカウンターへと招く。
そして一息入れ、白髪混じりの紳士が滔々と。
「千辛万苦を乗り越えて、妻と歩んだ幾星霜、残された時は悠々自適に。つまり業務サイクルのPDCA(Plan/Do/Check/Action)から抜け出し、かつDesire/Passion/Willing(欲求/情熱/喜んで)の生活姿勢をも放棄する。要はウォーターヒヤシンスのように暮らせる終の棲家を探してます」
横文字を混ぜ込んでの立て板に水。
笠鳥凛子も紺王子もポカン。どうも人生経験の重ね方が違うようだ。
しかしカサリンは営業課長、ちょっと自意識高めの客のあしらい方を知っている。
カサリンは「ご要望…凄いわ、ファンタスティック!」と感動の声を上げ、あとは「だけどオッチャン、ウォーターヒヤシンスって何? もうちょい町の不動産屋にもわかるように説明、お願いチョンマゲ」と手を合わせる。
「ホホホ、面白いお方ね、ごめんね、この人、いつも理屈っぽいのよ。アータ、もっとわかり易く!」と妻が夫の脇腹を突っつくと、紳士はうんと頷く。
「ウォーターヒヤシンスは浮き草。すなわち何の束縛もなくプカプカと。そんな浮遊暮らしが出来る家を探して下さい」と深々と頭を下げる。
これを見て、家探しのプロ、紺王子の使命感に火が点いた。あとは弾みと勢いで「その浮遊、見付けてみせましょう」と断言。これにカップルは二人の手を固く握り締める。
こうして浮遊暮らし可能な住宅、その怒濤の探索が始まった。その甲斐あってか2週間後には現地案内へと。
作品名:ツイスミ不動産 物件 X 作家名:鮎風 遊