同じ日を繰り返す人々
それは、やはり切羽詰って、どうしていいか分からない時に考える発想だからであろう。そうなってしまっては、自分の考えを原点に戻す必要がある。すべてをリセットしなければいけないと思えば、それをするためには自殺するしかないと思うのは、無理もないことだと思えた。
オサムは無理にこの世界から逃れることをしないようにしようと考えるようになった。死ぬということに直面してみると、
――一体、何が怖いというのだろう?
と考えるようになったからだ。
まず最初に考えるのが、
――痛い、苦しい――
という直接的な考えだ。
これは、今までに経験したことのないことなので、本当に怖い。しかも、その先を考えてしまうと余計に恐ろしい。
この世への未練ということも考えてみた。
オサムはこの世に本当に未練があるのかということを考えてみたが、仕事にしても、別に生きがいを感じるほどのこともない。彼女だっているわけでもないし、何よりも、
――どうせ、僕が死んだって、悲しんでくれる人はいないさ――
家族だって、まわりの人だって、その時は悲しんでくれるかも知れないが、数か月も経たないうちに皆忘れていくさ。どうせ他人事なんだからと思う。
家族は、他人事とまでは思わないだろうが、引きづるようなことはないだろう。
オサムは、自分が考えているほど、死に対して本当は恐れる必要などないのではないかと思うようになった。
しかし、苦しい思いをして死んだ後のことを考えると、それが恐ろしい。
――死んだ後、どうなるんだ?
よく言われるのは、自殺はよくないことで、死んでからもその苦しみから逃れることはできないと言われていることだ。
実際に自殺を思い立ち、自殺を試みる人が、どれだけ本懐を達成することができるというのか、結構、未遂で終わってしまう人も多い。それはやはり自殺というものが死んだ後も苦しみを引きづることになるということに、気が付いたからだろう。
それは死のうとした時に感じるもので、その瞬間に分かるだけで、死に切れなかった後で思い返してみても、
――私はどうして、死ねなかったのだろう?
一番、本人が不思議に感じている。まわりの人は、
「やっぱり、この世に未練があるからだよ」
というだろうが、それこそ他人事のようで、無責任な発想だ。そうではないことは、自殺しようとした本人が一番分かっていることである。
オサムは、実際に同じ日を繰り返しながら、死のうとは思っても、そこまで行動に移していない。行動に移さないのは、この世界では、自殺に及ばなくても、ここまで考えることができるからだ。そう思うと、
――ひょっとして、同じ日を繰り返す人の見なかった共通点というのは、遅かれ早かれ、何かの理由で自殺を考えることになる人の前兆だからだろうか?
このままなら、自殺に追い込まれることになる人を、同じ日を繰り返す世界に入りこませて、そこで本人に何らかの選択をさせようとしているのかも知れない。
まず一つは、
――ここで思い止まって、元の世界に戻ってから、死ぬ気になったことを覚悟してから今後の生活を全うすることで、自殺を考えない――
ということになるのか、あるいは、
――このまましばらくこの世界にとどまって、元の世界に戻るのではなく、もう一度他の人に生まれ変わることを考えるために、自分がこの世界に呼ばれた――
という考えもあるだろう。
果たしてそれを本人が選択できるのかどうか疑問であるが、オサムは少しずつこの世界のことが分かってきた気がした。
少なくともオサムはこの世界で死を選ぶことはしない。
――僕はどうしようというのだろう?
オサムは、次の日にツトムと出会うことを予感していた。
――僕は、このまま前の世界に戻るのだろうが、自分が変わるのではなく、戻った世界が変わっているのかも知れない――
と感じた。
自分に都合よく変わっているような気がしてきたが、それも同じ日を繰り返すという世界を経験したからだ。この世界の得体の知れない不気味さは、死を選ぶことにも通じているのかも知れない。そう思うと、
――死んだ気になって――
と、まるで生まれ変わった気になれるだろう。それが戻った世界に影響を与え、自分の都合のいい世界を作り上げていると考えるのは、甘いのだろうか?
ミクやアケミやシンジは、そのまま自分の新しい世界に存在しているだろう。喫茶「イリュージョン」は変わりなく存在し、自分の知っている人のほとんども、見た目は変わらない世界が広がっていることだろう。
ツトムと喫茶「イリュージョン」以外で出会うというのも、戻ってきた世界が、今までの延長ではないという証拠なのかも知れない。
オサムは、戻ってきた世界に一人だけ、今まで存在していた人がいないことを感じていた。
――横溝はどこに行ったのだろう?
そういえば、横溝の下の名前は知らなかった。苗字も頭の中に漢字でしか浮かんでこない。
――横溝は生まれ変わったんだ――
と思っていると、戻ってきた世界は、少し事情が変わっていた。
シンジとアケミは結婚していて、アケミは懐妊しているという。オサムは、そのお腹の中にいるのが男の子で、それが横溝の生まれ変わりであるということを次第に確信してくるのを感じるのだった……。
――同じ日を繰り返している世界――
本当に存在していたのだろう?
あまりにも自分に都合のいい世界。だが、そんな世界の実在を信じている人が何も言わないが増えているのは確かなことだと、オサムは考えるのだった……。
( 完 )
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作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次