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同じ日を繰り返す人々

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                 第一章 喫茶「イリュージョン」

――俺は一体何をしているというのだ?
 昨日までと違う自分、あきらかに違っているのに、それを認めることができない。それは実に不思議な感覚で、そのことを裏付けるかのように、一人の男性に出会った。
 彼と出会ったことは必然的なことであり、出会わないという、
――選択肢――
 はありえなかった。
 世の中は、数知れない選択肢で決まってくるというが、選択肢よりももっと拘束的なものが存在しているなど、考えたこともなかった。
――この世に存在するものすべてを知っているのかも知れない――
 まるで神のような発想なのだが、それも、自由にならない自分がそこにいるのを感じているからで、前に進むことができない自分は、どこに行けばいいというのだろう?
 そんなことを思いながら工藤オサムは、自分がいつの時点で変わってしまったのか、考えてみた。しかし、
――何バカなことを考えているんだ? いつの時点なのかなどということを考えるなど、それ自体がナンセンスなことではないか――
 出会った一人の男性、緒方ツトムに教えられるまで、そんなことを考えたこともなかった。
 だが、彼から信じられないような話を聞かされても、オサムは驚くことはなかった。
 それはまるで他人事のように聞かされたような気がしているから、驚くことはなかったのだと思っているのだが、本当はそうではない。最初から分かっていたことのように思えたからだ。
――もし、他人事で済ませられるなら、それが一番いい――
 そんな思いを抱くようなことは、今までにもあったような気がするが、今度は少し違っていた。
――他人事のように思ったのは、別に逃げの意識があったからではないような気がする――
 と思えたからだ。
――感覚がマヒしていた――
 というべきであろうか。
 オサムは自分がすぐに人のいうことを信じやすい性格だということを分かっていたつもりだった。
 だが、ツトムと出会ったことはツトム自身の存在を疑ってみたくなるような心境にさせるほど、深刻なことのはずなのに、そんな大げさに思えてこなかった。もちろん、途中から事の深刻さに気が付いて、愕然となったことではあるのだが、事の深刻さに気付く前というのは、
――なぜ気付かなかったのか――
 と自問自答しても、返ってくる答えが見つかるものではなかった。
 緒方ツトムと出会ったのは、駅前にある喫茶店だった。その店はオサムが日ごろから通っている馴染みの店で、店の人たちからも、
――常連さん――
 という扱いを受けていた。
 マスターもウエイトレスの女の子も皆馴染みで、常連客も何人かと普段から会話をする仲になっていた。
「オサム君は、このお店の常連の中でも、特異なタイプなのかも知れないな」
 と他の常連さんから言われたことがあった。
「どうしてなの?」
 と答えると、
「オサム君が来る時というのは、いつも同じメンツの人が多いんだよ。オサム君が決まった時間に来るのであればそれも分からなくはないんだけど、結構オサム君って現れる時間がまちまちでしょう? それなのに、いつも同じメンツというのも面白い気がしているんだ」
「ということは、俺が知っている常連さんというのは、ある程度限られているということなのかな?」
「もちろん、僕がいない時、オサム君が来ているのであれば、その時に違う人に会っていそうな気がするんだけど、アケミちゃんそのあたりはどうなんだい?」
 アケミちゃんというのは、この店のウエイトレスで、マスターの妹に当たる。ほとんど店にいるので、マスターよりも客に関しては詳しいかも知れない。
「そうね、シンジさんと同じ時だから、シンジさんが知らない時にオサム君が来るということはなかった気がするわ」
 シンジさんというのは、同じ常連で、オサムが来ている時、確かに必ず会っているような気がしていた。
 他の人が気付いているかどうか分からないが、シンジとアケミは付き合っている。オサムは自分の勘がそう言っていたのだ。
「シンジさんは、前からの常連さんなんですよね? 僕がここに来る前からの」
「そうね、もう二年くらいになるかしらね」
 オサムがこの店、喫茶「イリュージョン」に顔を出すようになってから、まだ一年くらいだった。
 この店は、最近では珍しい純喫茶だった。国道に面した道から少し入ったところにあり、目立つことはないので、常連さん以外の客はあまり見たことがない。そういう意味では、同じメンツが揃っても不思議はないのだが、オサムのことを、
「特異なタイプ」
 と表現した常連さんがいるということは、それだけ他にも常連さんがたくさんいるということだ。
 しかし、ここでオサムは少し疑問を感じていた。
 その常連さんは自分のことであれば、他の常連さんと会わないことで、特異なタイプだと分かるのだが、どうして人のことまで分かるのだろうか? よほどオサムのことを気にしているのか、それとも、他人の身になって考えることができる人なのか、考えれば考えるほどよく分からなかった。
――聞いてみようかな?
 と思ったが、そう思っているうちに、その人に出会うことがなくなった。
 彼は名前を横溝さんと言った。横溝さんにその話をぶつけてみようと思っていた矢先、それまでずっと会っていた横溝さんに会わなくなってしまった。そのことをアケミに聞いてみると、
「横溝さんを、最近見かけないんだけど、どうしたんでしょうね?」
 その質問にアケミは、何も気にすることもなく、
「ああ、横溝さんね。ちゃんと来てるわよ。そういえば、最近はオサムさんと同じ日に来ることはなくなったわね」
 ニアミスを繰り返しているようだった。
 アケミは、オサムが横溝から言われた話を知らない。ただ、オサムがくる時は、シンジも一緒にいる時ばかりだという意識はあるようで、オサムがくる時は、いつも同じメンツであるという意識はほとんどなかった。
――忘れているのかも知れない――
 と思ったが、それよりも、シンジとオサムがいつも同じ時にいるということと、オサムが同じメンツの時に現れる客だということを、同じラインで考えているわけではないようだった。
 ただ、考えてみれば、今まで同じ時にずっと一緒に来ていた人と、完全にすれ違ってしまったということは、どちらも行動パターンを変えたというわけではない。一つの歯車が狂ってしまったというだけのことだ。
 それは、その人の都合なので、別に不思議なことでも何でもない。本人が意識しているかどうかなのだろうが、当然、横溝は意識しているのだろうと思っていた。
「そういえば、横溝さん、不思議なことを言っていたわ」
「何て言っていたんだい?」
「毎日を繰り返しているのは、気が楽なんだけど、薄っぺらい平面でも、いくつも重なってくると厚くなる。それが重苦しく感じられるようになるんだって言ってたんですよ。どういう意味なんですかね?」
 それは、オサムが聞きたいくらいだった。
作品名:同じ日を繰り返す人々 作家名:森本晃次