遅くない、スタートライン 第4章
第4章(4)
いつもより部屋が暖かいな。それに何だか空気まで違うぞ…こんな軽い空気だったかな?俺は薄く目を開けた。うん…目を開けた時に無意識に右手が動いた。その時に柔らかい感触が手に残った。何だ?
「う…ん」俺の耳にこんな声が聞こえた。俺は一人暮らしだぞ…俺以外に声がするか?俺はゆっくりと声のする方に右手を伸ばした。クシャっと音がした。
「あぁ…MASATO先生ご気分悪くないですか?」俺の右手が反射的に引っ込んだ。その感触は美裕さんの髪の毛だった。
「み、美裕さん…どうして?」俺は驚きのあまり言葉も出なかった。
美裕さんは俺の口元にストローを近づけ、飲んでと言うようにアクションをした。俺はストローでポカリを飲まされた。起きたらまず水分補給だと思った美裕さんみたいだ。
「イエイエ…解熱剤のお薬が8時間起きだったし、熱のあるMASATO先生を置いて帰れませんよ。私…あ、おでこ触っていいですか?」
俺は頭を軽く上下した。美裕さんの手…意外と小さいけど指長いよ。またちょっと冷たくて、俺のおでこの熱が美裕さんの手に吸い取られていく感じだった。
「うーん…まだお熱ありますよ。昨日よりは低いけど、あ…お熱測りましょう。」美裕さんはベッドサイドに置いていた体温計を手に取った。俺んち体温計なんてなかったぞ。それも美裕さんが持っているのは、手のひらに収まる体温計だ。
「あ…これは耳ピタさんと言いまして。耳の中で熱を測る体温計なんです。赤ちゃんとかよく使いますよ。あ…でた。MASATO先生…まだ38度2分ですね」
美裕さんはメモに俺の体温を書き込んでいた。そしてスマホで電話をかけた。
「わかりました…頂いた分全部飲ませていいんですね。了解です…あ、はいはい。本人に聞いてみます。ありがとうございました」
「立花のおっちゃん先生?」
「はい、立花先生が錠剤の解熱剤を処方してくださったんですよ。2日分ですけど…あ、何か食べなきゃ!MASATO先生…卵のおかゆ食べますか?美裕お手製関西だしで炊きます」俺は声で返事をせず、恥ずかしい…腹の音で返事をした。美裕さんにはすごくウケて、あの美裕さんが俺の腕に顔をつけて笑った。
「は、はいはい。順調に回復している証拠ですね。後でパジャマも替えましょうね。シーツやシーツパッドも枕も替えましょう」
美裕さんは、俺の頭を軽くなでて立ち上がった。
美裕さんの作った、関西だしの卵がゆはもう超美味かった。土鍋に炊いてくれたんだ…うち土鍋あったかな?
「う、うまぁ…超うまい!俺…熱でたら飯食えないのに、これはいけるぅ!」と卵がゆをかっこんだぞ。
「ありがとうございます。食べたら薬飲むんですよ。朝の9時に飲んだら次6時間後ですよ。MASATO先生」
俺は手のひらに薬を乗せられた。
「はい、おやすみなさい。MASATO先生」と布団を被せられ、また俺の頭を軽くなでた美裕さんだった。俺はまた美裕さんに頭をなでられて、眠りに入ってしまった。次に目を開けたのが、午後3時前だった…あの人は時間に正確な人だ。3時ジャストに寝室のドアが開いた。トレーに薬とミネラルウオーターとマグカップが乗っていた。
「お薬飲んだら…これも飲んでみてください。メイドイン樹家の玉子酒です。効きますよ」とニッコリ笑った美裕さんだった。
俺は玉子酒も飲み…美裕さんに首筋と肩も揉んでもらった。またそれが気持ちよくて、いつの間にかまた眠っていたようだ。美裕さんの指…マジックだよ。職業柄、肩も腰も凝っている。ツボついてるよ…この揉み方!
「MASATO先生…起きてください。寝るならベッドに横になって」と肩を軽く叩かれた俺だ。
「マジすみません。美裕さん泊まり込みで看病して頂くなんて、お姉さん心配してませんか?独身の男の看病で」
「あぁ…大丈夫ですよ。うちの姉もMASATO先生の大ファンですし、土鍋も空気清浄機も姉のところから借りました。夜にお義兄さんが車でマンションの前まで持ってきてくれて、管理人さんに台車を借りたんです」
(だからか…うちに空気清浄機に土鍋はないからな)
結局…俺は美裕さんに熱が引くまで看病してもらったんだ。2日間も!この礼はしっかりしなきゃな。
作品名:遅くない、スタートライン 第4章 作家名:楓 美風