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遅くない、スタートライン 第4章

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第4章(3)

愛先生は私に紙袋を押し付けてこう言った。
「聞いたよ!家近くなんだって…帰るついでいいから持って行ってくれない?ついでに様子見てきてくれない?」と…
紙袋の中には、住所の入ったメモと部屋のパスワードが書かれていた。え、いいの?私が持って行っても…また紙袋の中には、食品の入ったタッパがあり、またそのタッパにもメモが貼っていた。

私はメモを見ながら、MASATO先生のマンションを探した。あぁ…ここかぁ。すごいマンションだわ…さすがプロの作家さんが住むとこだわ。管理人さんも24時間常駐してると聞いた。私の顔を見て警戒した。そりゃ警戒するわ…私キョロキョロしながらマンションのエントランスに来たんだもん。
「どちらにご訪問ですか?」と聞かれた。
「はい、705号の福田さんに届け物がありまして。」
「お約束はございますか?失礼ですけど、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
(ひえぇ…チェック厳しい)
「はい、樹美裕と申します。橋本愛さんからご紹介頂きました」
(だって、愛先生がこう言えってメモに書いてたんだもん)
管理人は、愛先生の名前を出した途端…少し笑顔になった。どーいうことだ?

「はいはい…今ロック解除しますので、一番奥のエレベータに乗って7階まで行ってください。ワンフロアーなので、エレベータを出られましたら、右横に玄関ポーチがございます。ではどうぞ」
「は、はい。」私は驚きつつ、足をエレベーターに向けた。

7階にエレベーターが到着した。ワンフロアーしかないから、住人はMASATO先生しかいない…でも具合悪くて寝てたら、申し訳ないなと思った私だ。玄関ポーチのインターホンを押そうかとちょっと迷ったんだ。私…

その時だった。インターホンがつながる音がした。
「み…美裕さん」男の人の掠れた声が聞こえた。

「どーぞ。散らかってるけど」MASATO先生が玄関ドアを開けた。
「イエ…愛先生から言付かったものお渡ししたら、私…えぇ!MASATO先生しっかりしてぇ!」
立っていたMASATO先生が、私に寄りかかってきた。熱あるのに、MASATO先生は無理して起き上がってきたんだ。

俺はどーしたんだろう?なんか頭と首が涼しいぞ…いやこの冷たさが気持ちいいと思った。俺は薄く目を開けた…
「MASATO先生大丈夫ですか?気分悪くないですか?管理人さんに伺って今…お医者様呼んでますからね。もう少し我慢してくださいね」
俺はうなづくだけだった。「うん」と言ったつもりが、美裕さんには聞こえなかったようだ。

「お大事にね!そのMASATO先生…小さい頃から高熱常習犯でね!マァ坊!大人しくしとけや!わかったぁか?」
初老を過ぎた立花医院の先生は、MASATO先生の頭の上から言った。

「ね、熱ある人間に信じられへん…先生ひどいわ」とさっきよりも声に張りがあったMASATO先生だった。
「君は褒めると増長するからな!すみませんが、よろしく。そこのお嬢さん」と立花先生は看護師さんと寝室を出て行った。

往診に来てもらった時に、先生と看護師さんに手伝ってもらって、この長身のMASATO先生を寝室に運んだのだ。私1人じゃとても無理だった。
「す、すみません。美裕さん…」今度は私に謝ったMASATO先生だ。
「ビックリしましたよ。MASATO先生がスローモーションビデオみたいに倒れてきて。受け止めた時に体熱くて、おでこ触ったらすごいお熱じゃないですか?そっちの方がビックリしましたよ。管理人さんに連絡したら、立花先生がかかりつけ医と聞いたので連絡しました。MASATO先生…普段ちゃんと食事してますか?お仕事柄…睡眠不足みたいですけど。ダメですよ…」

「すみません…この数日徹夜で、風邪引いたみたいだ。それでも〆切があるから、プロの作家としては原稿オトすなんて絶対ダメだから」
「それはわかりますよ…でも、体あっての仕事ですよ。これからは気をつけないと…っていうか、私もよく倒れました。前職時代に…その度にお姉ちゃんに電話でカミナリ食らいまして、挙句の果てにはお兄ちゃんからも怒られましたわ。体あっての仕事だぞ!とね」美裕さんはそう言って俺に優しい笑顔をむけてくれた。

俺はそこから途切れ途切れの記憶しかないんだ。点滴が終わると俺は吸い込まれるように眠ったそうだ。立花先生が処方していった解熱剤を、美裕さんが飲ませてくれてたそうだ。仕事が終わってから、愛先生がマンションに来て二人係で俺のパジャマやアンダーシャツを替えてくれたそうだ。愛先生は俺の小さい頃から知ってるから、さほど抵抗はないが…美裕さんには悪い事をしたな。俺はタッパあるし、脂肪はあまりないが…スポーツジムで鍛えてるから結構、筋肉があるんだ。ってことは重いってことよ。あぁ…これらは後で聞いた話だ。

愛先生は自分が俺に付き添うつもりだったが、今開校準備中の大阪校でアクシデントがあり急遽…最終の新幹線で大阪港に向かうことになった。美裕さんは愛先生が大阪校のメイン講師と深刻そうに電話で話しているのを聞いていたそうだ。まさか…俺は美裕さんが看病してくれてるなんて、夢にも思わなかった。