HAPPY BLUE SKY 中編
少佐の出向【1】
咄嗟にカッジュの身体を自分の腕に抱き込んだ俺は、勢い余って壁で背中と腰をぶつけてしまった。壁にぶつかった時に食器棚の上に乗せてあるバスケットが落ちてきた。カッジュの頭に当たる!俺はまた咄嗟に手でバスケットを払った。バスケットの中に入っていた物が音を立てて、床に散らばった。
「か‥カッジュ!大丈夫か?どこもケガしていないか?」
「だ‥大丈夫です。あぁ‥ボ‥ボスッ!手ッ」
俺の手の甲からは血が出ていた。バスケットの金具で傷つけたようだ。
「大したことはない!かすり傷だ」
「ダメです。手当しないと」カッジュが俺の手を掴んだ。
カッジュはジャケットのポケットからハンカチを取り出し、俺の手の甲に当てた。
「これで押さえて下さい」
カッジュは戸棚に手を伸ばし救急箱を取り出した。また手当に手慣れているのか、患部を消毒する手つきもさまになっていた。
「申し訳ありません‥ボスにケガをさせてしまって」
「こんなのはケガの内に入らない。心配するな!それより‥‥すまん。ハンカチ」
「いいんです。ブリーチしたら色が抜けます。ホント‥すみません。私のせいで」
その時だった‥カッジュの手がかすかに震えているのがわかった。
カッジュが泣いてる‥
何でこれしきの事で泣くんだ?カッジュは‥
「な‥何で泣くんだ?カッジュ」
俺もカッジュの涙に少し‥イヤ‥少しなんてモノじゃない。かなり動揺してしまった。現に自分の声が上ずっているのだから。また俺の理性が正常に機能しなくなってしまった。カッジュの涙ぐんだ姿を見ている内に、俺の片腕はカッジュの頭を抱きしめてしまった。
「大丈夫だって‥これぐらいで俺がヘタるかよ。もう泣くなぁ!な」
カッジュが指で目を押えながら顔を上げた。潤んだ瞳のカッジュに俺はまたフリーズ状態になった。俺は無意識にカッジュの目尻に軽く指を当て、カッジュの唇に顔を近づけた時だった。キッチンのカーテン越しにヨルの声が聞こえた。カッジュは手の甲で涙を拭い、キッチンから出て行ってしまった。俺もすぐにキッチンを出た。ヨルは気配を察したのか何も言わなかった。
それからカッジュは、公休や研修などが数日間は部署に出勤しなかった。俺は見てるつもりはないのに、無意識にカッジュのデスクを見ていた。カッジュが部室にいるだけで、部室の雰囲気が違う。いや‥空気が違う。ツィンダー・ヨルと小競り合いをして、アーノルド主任に怒られたりするが、ティータイムになったらキッチンに行って、コーヒーをドリップして一番先に俺のデスクに持って来てくれる。俺はそれを楽しみにしていた。カッジュは買い出しの時に、コーヒー豆を何種類か購入して、日替わりでそれを出してくれる。コーヒーだけじゃない。紅茶もサーバーで入れる本格派だった。紅茶好きのゲイルがカッジュの入れた紅茶には、いつも絶賛してるくらいだ。
「あぁ‥カッジュがいないと美味しい紅茶が飲めないわね。ヨル達が入れた紅茶なんて飲めないわよね」
「うんうん。カッジュがブレンドするコーヒーが飲みたい!主任!カッジュはいつ帰ってくるんですか?俺もヨル達が入れたコーヒーもう飲みたくねぇ」
ゲイルとトニーがデスクで喚いた。
「カッジュさんはね!明後日帰ってきますが、その翌日から冬休みですよ。この2年間はカッジュは連続で年末・年始出ただろう。中佐のお心遣いで10日間の冬休みに入るんだ。ね!少佐ッ」
俺はまた無意識にカッジュのデスクを見ていたのだろう。返事が遅れて、アーノルド主任に怪訝な目で見られた。キーボードを一生懸命入力してるフリをしたが、目敏いアーノルド主任は後日突っ込まれる事になる俺だった。
「おい‥見たか。3日前から【M】の言動」
「うん。一生懸命に仕事してるフリしてさ。【K】のデスクばっか見てる」
「寂しいんだろうな。公式試合が終わって部室に帰って来たと思ったら、またしばらく顔が見れないからな」
「うん。でも【K】の休暇を喜んでたぜ。あの人」
こんな話をしているのは、俺の右腕的存在のTOP4人だ。長年いると、コイツらにはヘタに隠し事もできないし、また見抜かれてしまう。上官たる者はそんな事じゃいけないんだが、コイツらには敵わなかった。またTOP様【会談】には第2TOP4人【養成中】も時折加わることがある。エディ・フランキー・ハインツ・イルディが第2TOPのメンバーだ。このメンバーも養成中でもありながら、中々鋭い物を持っていた。エディが手を挙げた。アーノルド主任がエディの顔を見てうなづいた。
「TOP様!俺ヨルから聞いたんですけど。二人の間に何かあったんでしょうか?」
また今度はハインツが手を挙げた。同時にフランキーもイルディも手を挙げた。
第2TOPは下っ端部下2人・ツィンダー・ヨルからも何か情報を得たらしい。それをTOP4人に報告した。
「彼氏イナイってさ。ま‥あのお身体じゃお付き合いする時間もナイでしょ」
「うん。ダチと遊びに行くのもスケジュール調整しまっくてる【K】だし」
「メインはうちの仕事で、サブ的に選手やってるもんな。それにダチと遊びに行く時間取ってみろよ。彼氏なんて作る暇もないよ」
「雑誌に書いてたじゃない。彼氏いない歴片手以上って」
「ホントだぜ。それ‥確証取れてるぜ。俺アイツから聞いたもん。ハイスクールの時に彼氏はいたけど、そっからはフリーだって言ってたもんな」
「うちの【M】も‥片手以上か?」TOP3人はうなづいた。
「あの人も仕事人間だからな。仕事でデートをドタキャン連続してフラれたこともしばしば。最後に女の存在があったのは7年前だ。俺の記憶に間違いなければね」
「ッゲ‥20代後半からかい!こっちも【K】と大差ないじゃない」
「うん。俺はさ‥思うんだ。【M】は研修に入った時は文句言ってたけど、すぐに文句言わなくなったじゃないか。【K】の実力を見ちゃってから‥それからだ。仕事面は甘やかしてないけど、その他はどうだ?【K】にメチャメチャ甘いじゃないかよ!」
「うん。甘いだけじゃねぇな!オフの時だって、何回かは偶然もあるけど。俺は男の方に故意的なモノも感じるね。偶然を装い待ち伏せしてたんじゃないの?」
アーノルド主任が言った言葉に他の3人はうなづいたそうだ。
作品名:HAPPY BLUE SKY 中編 作家名:楓 美風