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[王子目線]残念王子

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二人の美女


「さ、本日は経済についてですよ。」

爺やが亡くなって以来、マルが代わりを務めるようになった。

これが、意外にも面白い!

マル独特の嫌味と斜めにみた解説が面白くて、僕はどんどん本を読むようになった。

そのせいでマルとの時間は増えたけれど、実はあれ以来、果樹園に行っていない。

「マル、ここの解釈って…。」

本から顔を上げると同時に、ノックの音が響き、年配の女官が3人入ってきた。

「王子様、明日の舞踏会のお衣装合わせのお時間でございます。」

「あ、もう明日か!」

『舞踏会』と聞いて、久しぶりに果樹園の娘を思い出した。

僕が立ち上がると同時に、マルは僕の服を脱がせ始める。

おかっぱの黒いストレートの髪は綺麗なエンジェルリングを作り、動く度に形を変えながら輝く。

細い首に華奢な肩、細い腕に滑らかな腰のラインは、言われてみれば男のものではない。

(思い込んでたもんだから、全く気がつかなかった…。)

改めてまじまじとマルを見下ろしていると、マルがふと視線をあげた。

「気持ち悪いんですけど…何ですか?」

嫌悪するような表情で言うが、なぜか女だとわかって以来、こういう口調にも腹が立たない。

「ああ、ごめん。つい『確かに女の子だなぁ』って思ってさ。」

「!!」

僕の言葉に、瞬時にマルの桃色の頬が耳まで真っ赤になる。

「やめてくれませんか。任務に性別は関係ない…不要です。」

僕はマルと女官たちに衣装を着せてもらいながら、ぽつりと呟いた。

「マルも、舞踏会出てみる?」

僕の言葉にボタンの位置を修正していたマルが顔を上げ、僕と視線を交わす。

「…はぁ!?」

珍しく、本気でマルが驚いた。

「なんで私があなたの側室候補に!?」

顔を真っ赤にしながら、マルが叫ぶ。

女官たちも、チラチラと僕とマルを見比べている。

「いや、側室候補になんかしないよ。」

僕が笑顔で言うと、マルは拍子抜けしたような表情になった。

「…。」

そして視線を逸らし、小さく咳払いをする。

(動揺するマル、久しぶりに見た…。)

僕は鏡の前でマントの色を選びながら、小さく笑った。

「マルなら、正室候補でしょ。」

僕の肩にマントを当てていたマルが、鏡越しに僕を見て、マントを取り落とす。

「だって、マルは忍の由緒正しい血筋…いわゆる忍の国のお姫様なんでしょ?」

マルは真っ赤な顔で僕を一瞥した次の瞬間、部屋から姿を消した。

床にはマルが持っていたマントが、音を立てて落ちる。

消えたマルに動揺する女官たちを横目に、僕はマントを広い集めた。

(なんか…ダメだった?)

僕は首をかしげながら、女官にマントを渡した。

「マントは銀色で。」

言いながら衣装を手早く脱いで、普段着に着替える。

「ちょっと出掛けてくる。」

(明日、彼女は舞踏会に来るんだろうか。)

僕はリンちゃんに跳び乗ると、久しぶりに果樹園をめざした。


果樹園に着くと、澄んだ歌声が響いている。

リンちゃんは指示しなくても、慣れた様子で歌声を辿って歩く。

(あ、いた。)

「やぁ。」

僕が顔を覗かせると、彼女は一瞬目を大きく見開き、思いがけない満面の笑顔になった。

「忙しそうね。」

彼女は赤い果実を僕に差し出しながら、笑顔で話しかけてきた。

今までこんなことなかったから、僕は驚きながら果実を受け取った。

「ん。ありがと。忙しいというか…爺やが亡くなってしまって、ちょっと落ち込んでいたんだ。」

僕が小さく笑いながら言うと、彼女の動きが止まるのが目の端にうつった。

果実をリンちゃんにあげて、撫でながら彼女をふり返る。

彼女はエプロンの裾をギュッと握ると、悲しげな表情で黙って僕を見つめていた。

(あ、そうか。最近、この娘も父上を亡くしたばかりだった。…思い出させてしまったかな。)

「すまない。父上のことを思い出させてしまったかな。」

僕が微笑みながらその頬に触れると、彼女は初めて僕の腕をそっと掴んだ。

「そんなに、気を遣わないで。いつもあなたは人を思いやってばかりだわ。」

初めて言われたその言葉に、僕は驚いて彼女を見下ろした。

「悲しいときは、悲しいっておもてに出していいのよ。甘えられる人が側にいないのなら…私に甘えていいわ。」

最後のほうは頬を赤らめながら、声が小さくなった。

彼女をしっかり見つめると、今日はすすがついていないことに気がつく。

服は相変わらずぼろぼろだが、それでも汚れてはいない。

「なんだか、今日いつも以上に綺麗だね。」

僕が頬をひと撫ですると、彼女は白い肌を真っ赤に染めて俯く。

僕は俯いてしまった彼女の頬から手を離し、リンちゃんにもうひとつ赤い果実をあげる。

「…母上が亡くなってから、ずっと爺やが僕を育ててくれたんだ。父上はお忙しくていつもいらっしゃらないし、ご側室の方々の手前もあったのか、あまり僕を構ってくださらなかった。そんな時にいつも側にいて愛情をかけてくれたのが爺やだったんだ。」

言いながら、僕はリンちゃんの白い毛をそっと撫でる。

「このリンちゃんを誕生日に父上がプレゼントしてくださって、僕は本当に嬉しくて、爺やに馬術を特訓してもらった。爺やは剣術も武術も勉学も…愛情も、全て僕に全力で教えてくれた。年をとってからは、僕の身の回りの世話と護衛に、マルを雇ってくれた。なのに」

そこで言葉を切ると、僕は天を仰いだ。

涙がこぼれそうになったから…。

「僕はだんだんそんな爺やの存在が面倒になって、逃げてばかりいたんだ。…もっと、大事にしないといけなかったのに…。」

最後のほうは、声が震えてしまった。

「ははっ、情けないとこ見せちゃったな。」

僕はぐいっと涙を拭くと、彼女へ向き直った。

彼女は碧い大きな瞳でジッと僕を見上げると、手を伸ばして、僕の頭をそっと撫でてくれた。

なにも言わず、ただ僕の頭を優しく撫でてくれる。

それがまるで母上のようで、僕は目をつぶり、ただ黙ってその手に身を委ねた。

そうして、どのくらい時が経ったのだろう。

僕は夕暮れの眩しいオレンジの光りで、我を取り戻した。

「あ、すまない…時間を無駄にさせてしまった…。」

すると、彼女は静かに微笑む。

「果実はある程度手を離しても自分で育ってくれるけど、今のあなたは手を離すと壊れてしまいそうだから、いいのよ。けっして無駄な時間じゃなかったわ。」

僕は頭を撫で続けてくれたその白い手を、ぎゅっと握った。

その手は、傷だらけで荒れていてガサガサしていた。

彼女はそれを恥ずかしいと思ったのか、手を慌てて引っ込めてしまう。

僕はそんな彼女の手をもう一度取ると、懐から傷薬を出して、塗った。

「頑張っている証だ。恥じることはないよ。」

薬を塗り終わると、その手にその薬を握らせた。

「これは僕の従者のマルが調剤してくれた、よく効く傷薬なんだ。使いかけの物で申し訳ないけれど、良かったら役に立てて。」

そして、そのまま彼女の手をとって、リンちゃんの手綱を引きながら歩く。

「家まで送るよ。」

彼女は夕焼けに白い肌を赤く染めながら、荷物を担いだ。
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか