[王子目線]残念王子
マルの正体
翌日。
僕は久しぶりに、爺やの授業を受けた。
爺やは、終始泣きっぱなしだったけど…。
「こんな日が来るなんて…。爺は諦めずに19年間、王子をお育てした甲斐がありましたぞ!!」
(10回目だわ、その台詞。)
うんざりしながらも、爺の授業を今まで逃げ続けてきていた自分を反省する。
「生きている間に、王子がやる気になってくださり、まことにようこざいました!」
(はいはい。)
僕は爺の何度目かの感動を聞きながら、出された問題を必死で解く。
「そこ、違いますよ。」
突然、マルが現れる。
「これはこうです。」
マルが、ササッとヒントを書いてくれた。
(なるほど。)
僕はマルのヒントを見ながら、問題を解いた。
「おお!!!王子!!!これがおわかりになるようになりましたか!!!」
爺が、ものすごく感動している。
(あれ?マルが現れたことに、爺は気づいていない?)
その後も、マルは何度もちょいちょい現れてはヒントをくれたけれど、爺は感動しすぎて全然マルに気がつかない。
そればかりか、感動のあまり思いもかけないことを言い始めた。
「マルが来て以来、王子はどんどんよい方向に変わっておりますな。」
(!?)
「マルは本当に優秀な忍(しのび)で、なかなか報酬も高うございましてな。人気もあります故、何年も待たされましたが、ようやく3年前から我が国に来てくれて…あなた様の教育係兼護衛をしてくれるようになりました。しかし王子の素行が悪すぎるため、こちらとしては契約更新毎に『もう断られるだろう』とヒヤヒヤしておりました。それなのに、昨年、マルのほうから専属契約の申し入れがありまして…報酬も安いし王子も手が掛かるのに、本当にありがたいことです。大事にせねばなりませんぞ、王子。」
(…。)
「しのび?」
僕が訊き返すと、爺は目を丸くした。
「おや、王子はマルが忍とご存知でありませんでしたか?」
「…忍って、なに?」
僕の質問に、爺は更に目を丸くした後、ふぉふぉふぉふぉふぉと大笑いし始めた。
「忍とは、諜報活動や謀略、暗殺や奇襲など様々な陰の仕事を専門にしている者たちでございます。非常に身体能力に長けており、頭脳明晰なのでございますよ。」
(なんか、納得。)
「忍はある小さな国にのみ存在しておりましてな、限られた人数しかおりません。その中でも、マルのような『上忍』は数が非常に少なく、しかもマルはその忍一族の頭領の娘でありますから血筋も由緒正しく、最高クラスの忍なのでございますよ。」
(…。)
「む…娘!?」
僕は椅子から転げ落ちながら、叫んだ。
爺も僕の驚きように、鳩が豆鉄砲くらったような表情で僕を見た。
「…女、ですよ?マルは…。ご存知なかったので?」
僕は声も出せないほど驚きながら、コクコクと頷いた。
「爺やさん、それは秘密だったのですよ。」
突然、マルが現れる。
椅子から転げ落ちた僕の手を引っ張って、マルが椅子に座らせてくれる。
顔を見れば、白い肌がほんのり赤くなっていた。
「いや…たしかに華奢で小柄だし女顔だと常々思ってはいたのだけど…まさか自分の護衛に女がついているとは思いもせず…。」
僕がマルと爺を交互に見ながら言うと、爺がふぉふぉっと笑う。
「男にしては、声が高うございますよ?」
「小柄だから、まだ子どもでしっかり声変わりしていないのかと…。」
僕の言葉に、爺やが更に大笑いした。
「マルは王子より年上にございます!まぁ童顔ではありますが、2つ年上のしっかり者でございますよ。」
(年上!!)
今まで年下の子どもだと思っていたので、いつも偉そうな嫌みなやつと嫌っていた自分を反省する。
「確かに私は女ですけど、あなたレベルの男なら簡単に仕留められますよ。」
いつも通りの嫌みを言うけれど、頬と耳を赤くしながら言われたら、それすらかわいく思える。
「まぁ何はともあれ、マルは大事にしてくだされよ。」
爺やは、優しい笑顔で僕にそう言った。
まさか、これで爺やと永遠のお別れになるとは思いもしなかった。
(もっと色んなことを聞いておけば良かった…。)
僕は爺やが長年愛用していたペンを手に取ると、それをそっと胸に抱きしめた。
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか