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哀しい夕暮れ

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再会

 

 私は部屋で考えていた。母の電話にも驚いたが、父の言葉にも驚いていたのだ。

受話機を置いて父は私に言った。
「麻奈‥話しを聞いてくれるか?」父が私の目を見て言った。

 17年前‥母は祖父母と折り合いが悪く家を出て行った。子供心に母がいつも祖母に怒られていたのは覚えている。祖母は事あるごとに母にこう言った。
「片親で育つとダメですね。教育も躾けもなってない‥わたくし共の家系は由緒ある家系なのよ」
 母は父子家庭で育ち、その父は酒に溺れギャンブルにも手を出した。母は下の妹達を育てる為に中学を卒業して働いた。妹達が高校を出るまで母は頑張ったそうだ。母の父は‥母の稼ぎをアテにして働かなかったから。

 母は妹達が学校卒業するのを見届けて家を出た。また母は東京の地で何度も職を変えながら働いた。父が通っていた大学の食堂で母は働き始めた。母が父のズボンに誤ってグラスの水を落してしまい、それがきっかけで2人は話すようになった。やがて交際を始めた。父が卒業間近に母は私を身ごもった。

 祖父母は事あるごとくに母を責めた。
「由緒ある家系なのに、恥ずかしい!息子にはふさわしい相手がもっといたのに。息子を誘惑して」
母は‥ただ何も言わずに耐えていた。父は両親に何も言えなかったそうだ。
「私は‥両親に何も言う事ができなかった。お母さんには申し訳ない事をしたと思っている。今更だけど‥私はお母さんに謝りたいと思う。許してくれるかわからないが」その時の父の目は潤んでいた。

 私はデスクの引き出しに手を伸ばし、奥から古びたクッキー缶を取り出した。

 このクッキー缶は、祖母に内緒で母が買ってくれたものだ。祖母は近くにある商店街には行かなかった。買い物は「御用聞き」に頼んでいた。結婚した頃‥母はソレを知らずに商店街で買い物をしてしまった。後で祖母に叱られたそうだ。
「恥ずかしい!商店街なんかで買い物をして!」と金切り声を上げたそうだ。

 小学校に入学して初めての夏休みだった。祖父母が親戚の法事で3日間留守をした。父も一緒に行き、家には私と母だけであった。2日目の夜に商店街のお祭りがあった。朝のラジオ体操の時に、友達の恵ちゃんや智子ちゃんはお祭りに行くと言った。私も行きたくなった。7歳の私が考えた。今なら連れて行ってくれるかもしれないと。
「お母さん‥おまつりりにいきたいの。つれていって」と母におねだりをした。

 楽しかった‥初めて食べた「わたあめ」に「りんご飴」が。母と一緒に「金魚すくい」と「ヨーヨー釣り」をした。商店街の中ほどで、クマの顔を形どったクッキーの缶が私の目を引いた。
「お母さん‥」とまた母におねだりをしたのだ。
「おじいちゃんたちには内緒よ。麻奈とお母さんの秘密だよ」
と私に買ってくれた。

 私はそのクッキー缶を開けた。バラの花がついているヘアピンが入っている。
「これも‥おねだりしたんだ。おばあちゃん達が帰って来るまで。このヘアピン留めてたっけ。お母さんもしよう!って私がヘアピンを渡したわ。3個入ってたんだよね‥何で2個しかないのかな?」

いつの間にかヘアピンが2個になっていたのだ‥後日その理由がわかる。

 私はクッキー缶を胸に当て‥
「逢ってみようか‥お母さんに。お父さんの為にも」つぶやいた私だった。
作品名:哀しい夕暮れ 作家名:楓 美風