小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

コンビニでは買えない栄養素(小さな恋の物語)

INDEX|4ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

2



 美由は手にしていた菓子パンを棚に戻して、適当に弁当を選びタイミングを測ってレジに向かった。
 弁当を暖めてもらっている間、明男を観察するつもりだったのだ。
 近くでじっくり見ると、有名ではないと言ってもさすがに俳優、そこそこイケメンだし、ほのかにだが芸能人のオーラのようなものも感じる。

 弁当とお釣を受け取ってコンビニを出る時、美由は明男と少し親密になりたい、いや、ならなければ、と思っていた、夏休みも残り二週間ほど、二学期が始まった時にセンセーショナルな話題を提供しておしゃべりの輪の中心になりたい、と言う目論見があったのだ。
 『小さな恋の物語』は同い年の子役がヒロインと言うこともあり、友達の間で話題になっている、端役とは言ってもそのドラマに出ている俳優がコンビニでアルバイトしていると言うのは飛び切り上等な話題、そして友達を引き連れてコンビニに行き、その俳優と親しげに言葉を交わせば美由の株は爆発的に上がろうと言うものだ。

 明男の方でも美由の視線には気付いていた、と言うより店内をうろつく美由をいつも気にしていたのだ……と言ってもあまり良い意味ではなくだが。
 美由の服装……襟ぐりが大きく開いて丈が極端に短いTシャツを着ている……肩が常に片方出てしまい、臍もちらちらと覗かせている。
 下はデニムのショートパンツだが、ダメージを付けすぎてところどころ擦り切れているもの、残っている横糸の隙間から肌を露出しているのは当然わざとだろう。
 そして履物はそう極端ではないが踵の高いサンダル、小学生には文字通り『背伸び』した履物だ、そしてレジの前に立った美由は本格的な化粧こそしていないものの、眉がやけに細く、唇にはラメ入りのリップクリームを塗っているようだ。
 ドラマの中で例の子役はここまで崩した服装はしていないが、大学生を虜にしてしまう役どころだけに崩れた雰囲気は漂わせていた、美由にそのイメージを見て少し苦々しく感じていたのだ。
 
 美由と明男の初対面は、思惑と不快感の入り混じった、芳しくないものだった。



 コンビニの店員は普通余計な口を利かない、しかし、客の方から話しかけてくるならばある程度の対応はしなくてはならないし、客と親しくなってはいけないと言うルールがあるわけでもない。
 第一印象は良くなかったものの、美由が話しかけてきた時、明男は丁寧に応対した。

「お兄ちゃん、ドラマに出てるでしょう?」
「よく見てるね、そんなに重要な役でもないのに」
「俳優さんなの?」
「まあね、あのドラマで初めて名前が出た程度だけど」
「でもなんか良いな、芸能人って初めて会う」
「ははは、芸能人って言えばそうかもしれないけど、いつ仕事がなくなるかわからないからいつまで芸能人でいられるかわからないけどね……はい、お弁当お待ちどうさまでした」
 弁当を手渡されてしまえばもう粘る理由もないし、後ろでレジを待っているお客もいる、美由はしぶしぶレジを離れた……もっとゆっくり話せるチャンスを見つけなくては……。

 翌日から美由は弁当を買いに行く時間を少しづつずらし始めた、明男の『上がり』時間を探る為だ、そして四日目、明男に弁当を温めてもらっている時、『お疲れ様でしたぁ、レジ代わります』と学生風の男が現れ、明男が控え室へ戻って行く。
 美由はコンビニの通用口で明男を待った。

「あれ? まだいたの?」
 明男は自分がレジに入るのを待って美由が弁当を手にすることに気付いていた、まあ、そうでなくとも目立つ格好の小学生で毎晩来るのだからバイトの間でも美由のことは知れ渡っているが……。
「お兄ちゃん、家はどっち?」
「こっちの方だけど」
 構わず歩き始めたが、美由はくっついてくる。
 あまり相手にしたくない子ではあるが、お得意さんだし小学生とあっては邪険にもできない。
「あのね、ホントは待ち伏せしてた」
「は?」
「お兄ちゃんと仲良くなりたくて」
「そりゃどうも」
 あけっぴろげにそう言われれば話くらいしないわけには行かない、それに例の子役とは違って子供らしさはある……明男は歩くスピードを少し緩めて美由に合せてやった。
 明男は相槌を打つくらいだったが美由はペラペラと良く喋る。
 例のドラマが友達の間で評判なこと、主役の俳優のこと、親友役のアイドルのこと、子役のこと、学校でどんな風に話題になっているか……はては自分が何処に住んでいるかまで。
 話を聞くくらいなら良いが自分のことまで話したくはない、明男は小さな公園の前で道が分かれる事を知って少しほっとした。
「俺、こっちだから、じゃあね」
「え? あ……うん……」
 ちょっとあっけに取られた風に立ち尽くす美由を置き去りにして角を曲がる時、ちょっとだけ心がちくりと痛んだが、付き合ってやる義理もない……明男はむしろ追いつかれないように足を速めた。



 翌日からも美由は明男の上がりに合わせて遅くに来店して外で待っていた。
 明男には気になっていることがある、明男ならずともバイト仲間の間では時々話題になることで面と向かっては聞きづらいことでもあるが……。
 僅か数分だが毎日話すようになり、取り留めのない話に少しうんざりさせられてはいたものの、ふと美由のおしゃべりが途絶えたときについ聞いてしまった。
「いつも弁当買いに来るけど、お母さんは?……」
「ママ?……ママはホステスなの、だから夜はお仕事」
 概ねバイト仲間の間で噂されていたとおり例のドラマの設定と同じだ、明男もそんなところだろうと思っていたが、ふと視線を落としてちょっと寂しそうに言う姿に、聞いた事を少し後悔した。
「あ……そう……ごめんね、悪いこと聞いちゃったかな?」
「ううん、別に友達もみんな知ってることだし……」
 明るい口調に戻ってそう言ったものの、言ったっきり美由は黙ってしまった。
 いつもの角で別れる時、明男の心はいつもより少し余計に痛んだ……。

 翌日、美由の口はいつもどおり滑らかだった。
 母親の帰りは夜中で美由が学校へ行くときはまだ寝ていること、学校から帰った時にちょっと顔を会わすが、遊びに行って戻るともういないこと、でも友達と話すのは面白いし、もう慣れてるから寂しいとは思わない……とも。
 
「あれ?」
 いつもの公園まで来たが、明男が曲がらないのに気がついて美由が怪訝な顔をする。
「夜だしね、女の子が一人で歩くのはどうかと思うからマンションまで送ってあげるよ」
 どのみち美由のマンションはそう遠くはない、もう見えているくらいなのだが、美由はすごく嬉しそうな顔で笑った。

 翌日からは明男の様子も変わった。
 毎日コンビニで千円ほども使う派手な格好の女の子……仲間内でもあまり良くは言われていなかったのだが、母親が家にいないのなら仕方がない……強がっていても寂しいのは間違いなく、ちょっとけだるい雰囲気もポーズではないとわかると少し哀れに思えて来る。
 明男が親身になって話を聞いてくれるとわかると、美由は友達にも話さない事まで話し始める。
 父親の顔は知らないこと……去年までは祖母に預けられていたこと……あまり歓迎はされていなかったらしいこと……。