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コンビニでは買えない栄養素(小さな恋の物語)

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 柴田明男・二十一歳、いわゆる大部屋役者だ。
 中学までは演劇とは無縁、しかし並外れた読書家であり、映画好きでもあったので下地はあった。
 高校は一流とまでは行かないが、誰でも知っているような大学の付属校、普通の公立中学なら学年で一桁の成績を収めていないと合格できないような学校だ。
 これが一流大学の付属校だと少々変わり者の生徒が多く、有名進学校なら勉強で忙しいのでクラス単位で何かやろうと言ってもまとまらない、しかし、明男のレベルの高校だと真面目で意欲的な生徒が多く一芸に秀でた生徒も少なからずいる、進学の心配もないから意気が上がるとかなりのレベルのものを作り上げてしまう。
 一年生の学園祭、明男のクラスでは短編映画を作ろうと言うことになり、仲間内で簡単なオーディションのようなことをやって、一番自然な演技が出来てルックスもまずまずの明男が主役に抜擢された。
 文芸部の生徒が脚本を書き、写真部の生徒がカメラマンを務め、映画サークルの生徒が監督を務め、書道部の生徒が題字を書き、軽音楽部の生徒が音楽を担当する、美術部によるポスターまで出来上がった、他にもさまざまな一芸を持った生徒の力が結集し、短いながらも生徒ばかりではなく大人をも唸らせるような作品が出来上がり、好評を得た。
 演技に関しては素人の明男だったが、その際に俳優養成所に通うなどして猛勉強し、すっかり嵌ってしまった。
 『大学には行かずに正式に俳優養成所に入る』と言い出した時、当然両親は猛反対したが、それを振り切って明男は養成所に入ってしまう。
 演技の天分を持ち合わせていた上に、真面目さや熱心さでは人後に落ちない、ほどなくTVドラマなどに『その他大勢』ながら出られるようになり、僅かながら収入を得られるようになると、居心地が悪くなってしまった家を飛び出して、今時珍しくなった共同炊事場と共同トイレのある四畳半一間の下宿に移り住んだ。
 それから三年になる。
 端役こそ連続して得られているものの、主役はおろか脇役も付かない。
 演技はそこそこ上手い、ルックスもまずまず良い、しかしぱっと目を引くような個性に欠けているのだ。
 それは自分でもわかっている、しかし、端役はむしろ目立たずにドラマをスムースに進行させるのが仕事、無理に個性を主張するような振る舞いは許されないし、明男自身もそのような行為をあざといと思っている、端役でも連続して得られているのは個性を主張しないからこそ、と言う一面もあるのだろうとわかっている。
 結局のところ、良い役を得ようとするなら、演技力に磨きをかけつつ人生経験を積んで行くしかない、やるべきことはわかっているのだ。
 それに少しづつだが与えられる役も大きくなっては来ている、生活のためにバイトは欠かせないものの、それも一つの経験、演技を磨くための糧と考え、希望を持って明男は役者を続けている。

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 今回出演したドラマ『小さな恋の物語』は、コンビニでバイトする大学生が常連客の小学生に恋をしてしまうと言うもの。
 主演は明男も注目している演技派の若手俳優、ルックスは三枚目寄りで実際にコメディタッチのドラマで名を上げた俳優だが、シリアスな演技にも秀でている。
 彼のバイト仲間で親友の役には人気アイドルグループのメンバー。
 親友が惚れた小学生に惚れられてしまい、図らずも親友の恋敵になってしまうイケメン役、若い女性視聴者を得るための配役でもある。
 そして明男の役どころはコンビニの店員仲間、ストーリーに大きく関わるような台詞はない。
 例えば主役が相手役の小学生に見惚れてしまうシーンで『レジお願いしまーす』などと声をかけて現実に引き戻したり、主役や脇役を冷やかしたり……ただ、毎回コンビニのシーンはあるから明男も初回から最終話まで出ずっぱり、主役や親友役と休憩室などで絡むシーンもある、エンドロールに名前と役名が並んで流れるのも初めての経験だ。

 相手役の小学生は、五年前に初出演したドラマが大ヒット、その後も出るドラマが立て続けにヒットとなり一世を風靡した子役、しかし、この数年はあまり話題に上らなくなっている。
 子役は小学校一~二年生が一つのピーク、あどけなさを残しながら、確かな演技で笑いと涙を誘うには最適な年頃なのだ、しかし、この子はもう五年生、ニーズそのものが希薄である上に、新たに現れた一~二年生の子役達に人気を攫われてしまったのだ。
 そのまま中学生、高校生になれば、揺れ動く思春期を描く作品も増え、再び出演機会も多くなるのかもしれないが、五年生と言うのは半端な年齢、教師を主役にしたドラマなどに出演はしているが、脇役の扱いに彼女は不満を抱いていた。
 そんな折に製作が決まった『小さな恋の物語』、水商売の母親との二人暮らしで、どこか影を感じさせる小学五年生の役、斜に構えて悪ぶっているが実は寂しがり屋……難しい役だが、彼女にとっても久々のヒロイン役であり、成長した演技力を世にアピールするチャンスなのだ。

 明男から見て、主役の若手演技派俳優の演技はさすがだと思う、自然だし感情の動きを大げさでない演技でしっかり表現していた。
 それに比べれば脇役のアイドルの演技は浅い、しかし画面に登場するだけでオーラを発するのはさすがだとも思う、今の自分にはないオーラ……そのオーラが彼を現実以上のイケメンに仕立て上げる。
 主役が惚れてしまう小学生に惚れられてしまい、奇妙な三角関係になってしまう、その設定を自然なものにするにはこういうイケメンが必要、それも理解できる。
 毎回撮影で一緒になるのでこの二人とは親しくなり、カメラを離れて会話する機会も多い、そして演技派はもちろん、アイドルの方と話しても得るものは多い。

 問題はヒロイン役の女の子。
 演技に関しては上手いと思う、可愛らしさ全開で演技はニの次だった頃からちゃんと進歩している。
 少し斜に構えて陰の部分をきちんと演じ、十歳ながら時折色気さえ漂わせる。
 しかし、現場での態度が実に我侭なのだ。
 一世を風靡した時期に甘やかされ、持ち上げられたせいなのだろうか、何もかもが自分中心でないと気が済まないらしい。
 スタッフに文句を言うことも多く、明男のような大部屋役者には鼻も引っ掛けない、それどころか主役に対してもずけずけと文句を言う、そのくせ、自身がファンなのか、アイドルの方にはやけにべたべたと甘える。
 大学生役ではあるが実際は二十八歳の主役は下積み経験もあり、周囲が固まってしまうような文句を言われてもさらりと受け流しているが、むしろアイドルの方は迷惑顔、さりとてアイドルと言う立場上小学生の女の子にキツイことも言えず、結果、子役は言いたい放題、やりたい放題。
 カメラの前に立てば、きっちり演技するのはさすがと言って良いのかもしれないが、現場の誰もが彼女には好印象を抱いていなかった。



 明男はこのドラマへの出演が決まると、勉強のために別のコンビニでひと月アルバイトをして撮影に臨んだ。