コンビニでは買えない栄養素(小さな恋の物語)
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(この人、どこで会ったんだっけ……)
ほとんど毎日通っているコンビニに見慣れない店員が入っている。
美由はその店員にどこか見覚えがあるような気がするのだが……。
(気のせいかな?……)
そう思いつつ、弁当の棚を眺める……どれもこれもいい加減食べ飽きたものばかり……見ているだけでうんざりしてしまい菓子パンの棚に移動しようとすると、女子高生達の会話が耳に入った。
「ねえ、あの店員ってドラマに出てない?」
「え? ああ、そう言えばそうかも」
「そうだよ、ほら、『小さな恋の物語』」
「あ、そうだね、きっとそうだよ」
「マジ? マジ? スッゴ~イ」
「キャッ! TVで見るよりイケてない?」
女子高生達はナイショ噺のつもりなのだろうが、興奮した女子高生の辞書に遠慮と言う言葉はない、甲高い声は店員にも聞こえていたようで、後ろを向いてタバコの棚に商品を補充し始める。
(そうか、テレビで見たんだ……)
美由もようやくはっきりと思い出した。
ゴールデンタイムから少し外れた夜十時台のドラマ、店員はそのものズバリのコンビニ店員役で確かに出演している。
と言っても主役ではなく、脇役としてもあまり重要な役どころではない、せいぜい脇役と端役の中間と言ったところだ。
コンビニを舞台にしたそのドラマの主役は、風貌はあまり冴えないが演技派で知られる若手俳優、重要な脇役として男性アイドルグループの一員も出ている、現実にレジにいる店員は彼らの同僚の役だが大した台詞があるわけではない、『お疲れ』と言って先に帰る、『さっさと並べちまおうぜ』と弁当のトレイを運ぶ、その程度の台詞しかない回が多く、稀に主役やアイドルとダベるシーンもあるという程度、美由はそのドラマを毎回楽しみに見ているのだが、重要な役ではないのでなんとなく見覚えがある、と言う程度にしか憶えていなかったのだ、いや、逆に良く見ているからこそ、その程度の役でもなんとなく覚えていたのかもしれないが……。
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美由は小学五年生、このコンビニに毎日のように通っている、夕食を調達する為だ。
美由の母親、由美子は大抵『お客さん』と夕食を共にする為に遅くとも六時前にはマンションを出る。
由美子はまだ三十二歳、結構売れっ子のホステスなのだ。
美由は毎日千円札一枚を与えられ、それで夕食や飲み物、菓子や雑誌を買って夜を独りで過ごす。
小学生の身では一人で駅前のファミレスと言うわけにも行かない、近所の蕎麦屋や中華料理店なら小学生一人でも入れるが、そういう店は母親が休みの日や、同伴する『お客さん』が見つからない時に一緒に行くことが多い、一人で行くとなまじ顔を知られているだけに、なんとなく憐れまれているようで居心地が悪いのだ。
そんな日常だから、コンビニの店員ならば会話しないまでも顔くらいは知っているのだが、ドラマに出ている店員は最近入ったのだろうか、見覚えがない、もし見覚えていればドラマで見た時に気付いているだろうから……。
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美由が母親の由美子と暮らすようになったのはごく最近になってからのことだ。
四年生までは祖母と一緒に暮らしていた。
祖母は面倒見こそ悪くはなかったが、ズケズケとものを言う人で、まだ小さかった美由に対してもオブラートにくるんだような物言いはしない人だった。
「どうしてあたしはお母さんじゃなくておばあちゃんと暮らしてるの?」
「お前の母さんに押し付けられたんだよ」
「どうして?」
「ホステスなんかやってるからね、夜小さい子をひとりにしておくわけには行かないからだよ」
「ごめんなさい、通信簿、良くなかった」
「由美子の子供だからね、別に期待しちゃいないよ」
「どうしてあたしにはお父さんがいないの?」
「由美子が結婚もしないでお前を産んだからだよ」
「結婚しなくても子供は産まれるの?」
「ああ、お前にはまだ早いから詳しいことは教えないけど、由美子は男にだらしないからね」
「おばあちゃんはあたしのこと好き?」
「嫌いじゃないよ、でも好きって程でもないね」
万事そんな風だった。
ごく幼い頃は傷ついてしょんぼりしたりもしたが、三年生、四年生ともなると慣れて来て、(おばあちゃんはこう言う人なんだ)と割り切ってもいたのだが……。
しかし、さすがに母親の元に戻される時は傷ついた。
「美由は五年生になるよ、約束どおり引き取っとくれ」
「もう少し、中学生になるまで良いじゃない」
「嫌だね」
「美由が嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないさ、でもあたしだって疲れるし自由気ままにしてたいやね、お前は散々好き勝手しただろう? もう勘弁しとくれ」
「小学生を夜一人で置いておけないわよ」
「何言ってるんだい、マンションなんだから玄関に鍵掛けちまえば問題ないだろうに」
「火事とかも心配だし」
「オール電化のマンションだって自慢してたじゃないか」
「食事だって作ってあげられないし」
「知ったことかね……今の世の中、お金さえやっておけばどうにでもなるだろう?」
どう贔屓目に聞いても自分を押し付けあっているようにしか聞こえない……自分は母親にとっても祖母にとっても邪魔な存在でしかないんだ……。
一晩泣き明かしたが、翌日には自分から引越しの準備を始めた。
どっちにいても歓迎されないのは薄々わかっていた……それをはっきり言い渡されただけのこと……。
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春休み中に引越しを済ませ、一学期からは新しい学校へ。
しかし、友達に不自由はしなかった。
まともな家庭の小学五年生ならば、夜十時から始まるTVドラマなど見せてはもらえない、小遣いも月に千円かせいぜい二千円だからファッション雑誌など中々買えないし、ましてかなり際どい描写のあるレディスコミックなど買えるはずもない、買ってもらえる服も『小学生らしい』ものばかり。
しかし、美由はと言うとテレビは見放題だし、夕食をパンやカップ麺で安く済ませば雑誌も買い放題、母親のパソコンでインターネットも使い放題だから同い歳の女の子が欲しがるような情報はいくらでも手に入る。
ファッション雑誌を母に見せて『こんな服が欲しい』と言えば、洋服に関する限り母はたいてい何でも買い与えてくれる、ハイティーンや二十代の娘が欲しがりそうな洋服のジュニア版を着て登校すればすぐに注目の的になる。
同い歳の女の子にすれば一見羨ましい境遇。
しかし、実際にその境遇に立たされれば一週間で寂しくなり、二週間で飽き飽きしてしまう、そして一月も続けば慣れ切ってしまい、惰性で日々を送るだけになる。
美由もそうだった。
だから学校は、友達はありがたい、話し相手になってくれるのは友達だけ。
美由は友達に自慢げに話す為に情報を仕入れ、流行りの洋服で身を飾る、そうやって輪の中心にいる時だけ、楽しいと、生きていると感じられるからそれを決して手放したくないのだ。
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作品名:コンビニでは買えない栄養素(小さな恋の物語) 作家名:ST