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90過ぎの銀行強盗

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ビリー警部はパトカーにマシューをのせて、カクテルバーの前に車を止めた。
マシューはカクテルを飲み、ビリー警部はガラナを飲んだ。
「おい爺さん。困ったことに、俺はあんたを捕まえなければいけない。困ったことに」
 マシューはまるで聞いていないかのように自分のペースで話した。
「この老いぼれの言葉を記録するように、大切に心にとめていてくれ。老いぼれの犯罪者でも、一人の人間としての価値があると主張することくらい許されるだろう」
 ビリー警部は黙って聴いていた。
「俺は資産家だった。経営者だったし、土地もいっぱい持っていた。家族も持っていて幸せだった」
「しかしあるとき、経営困難におちいり、次々と自分の持っていた店がつぶれていった。飲食店やホテルだ」
「わしは担保にしていたはずの土地を売ってまでして、その困難を乗り越えようとした。土地があるんだから、金だって貸してくれてもいいものなのに、銀行は本当に困ったときには、何もしてくれなかった」
「そして財産となるものを一切なくし、たった一つ、残ったホテルだけを経営していた。そのときは冬だった。春になり夏が来れば必ず収入がある。そこから立て直せる。ほんの少しばかりの金さえ貸してもらえば立て直せる。一番の収入源だったホテルだ。立地条件もいい。大切な宝のようなホテルだった」

「銀行は一切金を貸してくれず、俺は自己破産した。家族とも離縁することになった。」
「嫁と一人息子と別れるときだ。息子は嫁に手をつながれ、切なそうな目で俺を見るんだ。本当に切なそうな目でな。本当そんな目で俺を見るなよって言ってやりたかったけどさ。本当切なそうな目で俺を見るんだ」
「俺は孤独になった。友達も離れていった。友達?いまとなっちゃあ、耳障りな言葉だよ。そんな感覚もう、50年以上も忘れてたさ。愛なんてものは人と人とが与え、求め合うことだろ?分かっているよ。物質的な意味を超えて、必要とすることだろ?」
 ビリー警部はマシューの言葉を聴いていたがその愛に関する言葉の響きは色あせ、核心が死んでいた。マシューは話し続けた。

「子供の頃は貧乏で、おふくろはよく、パンとじゃが芋のポタージュの夕飯を作ってくれた。チキンは父親の友人が、父にくれて、持ってくることがあって、それが何よりもの楽しみだった。オクラホマの学校は貧乏人も金持ちもみんな一緒さ。貧乏人なんて、珍しくないからな。みんな笑いあって過ごした。オクラホマの大地は何でも寛容に包んでくれた」
 
そのときマシューは本当になつかしそうな笑顔を見せた。

「おふくろのポタージュ。なつかしい。友人のクリストファーは俺のキャッチャーミットにサインをしてさ。有名になるっていつも言ってた。クリストファーの奴、ヤンキースの選手になって、本当に有名になりやがったんだぜ。俺のたった一つの自慢話さ。もうクリストファーはこの世にいないけどな」

「オクラホマの小学校で俺が好きだったミランダって女の子は、学校の帰りにいつもチューリップの数を数えるんだ。ミランダはチューリップがたくさんある辺りで、チューリップの数を一つ少なく数え間違えるんだ。ミランダはチューリップの数を数え間違えるけど、俺はわざとそのことをミランダに言わなかったね」

「小学校のとき俺はチェスが強かった。夢中になって、みんなと戦った。でも勝ち過ぎた。そのチェスのボードは友人のジェームスのものでな。俺らはジェームスからチェスのボードと駒を取り上げられたんだ。人のボードと駒で遊ぶなってな。俺がもし、あのままチェスをやり続けていたら、二十歳の頃には俺はチェスのプロになったいただろうよ」

「今となってはみんな懐かしい。ポプラ並木に囲まれたような優しい感覚」

「思い出は美しい。でも本当はもっとなんていうか、優しさとかは、人様にさらけ出せるもんじゃない。本当の話は人にはたやすく言えないものさ。本当の話は人には言えない」

「嫁や家族に愛していると素直に言える勇気があれば、もっとましな人生を送れていたかもしれない」
「こんな無様な生活をしながら、どうやってオクラホマに帰れって言うんだ。もう帰れないよ。ああ、おふくろのポタージュはなつかしい味さ。もう何十年もあのポタージュを飲んでいない」

「ポプラ並木の道で拾ってきた木の枝の棒を振り回していた、小学校の頃の俺は、純粋で、いい子だったろう?なあ、あの頃の俺はいい子だったろう?」
 マシューは誰に言う訳でもなく、目の前の空間に向けてそう尋ねた。
「ちょっと水キセルを吸わせてくれ」
 マシューは水キセルを吸った。ビリー警部は「俺にも吸わせてくれ」そう頼むと、
「お前は吸うもんじゃない。お前は吸うべきじゃない」そうマシューは言った。
 
 それがマシューの言った最後の言葉になった。

 急にマシューが椅子からころげおち、倒れた。しきりにむせている。
 マシューは血を吐いた。
「爺さん!どうした!」
 ビリー警部が言うと、マスターが駆け寄り、
「このキセルの水、青酸カリだ」そう叫んだ。
「馬鹿!!爺さん!爺さん!」ビリー警部は叫んだ。

 マシューは病院に運ばれ、そのまま亡くなった。

 そして数か月が経ち、ビリー警部は久々の休暇に電話があった。マシューの遺体がオクラホマの墓地に埋められるから、葬儀に来ないかと言われ、その誘いに乗った。

 葬儀が終わり、ビリー警部はマシューの墓地の前に立ち、一人で墓に向けて語りかけた。

「爺さんよお。やっとオクラホマの大地に帰れたな。やっと落ち着けるな」

「爺さんよお。やっと帰れたなあ。やっとオクラホマの大地に帰れたんだな。やっと帰れたなあ。なあ爺さん」

「爺さんよお。あんた本当はちっちゃな男なんだから、大ごとやらかすんじゃねえよ。やっと帰ったんだから、ゆっくり休みな。なあ爺さん」
                           (了)


作品名:90過ぎの銀行強盗 作家名:松橋健一