孤独の行方
第一章 緒方真一(四)
あの思い出深い遠足の後、雨の日曜が二週続いた。そして三週目の今日、久しぶりに真一は公園へ向かった。
でも、そこに麗子の姿はなかった。体調でも崩したのだろうか? あの時はあんなに元気だったが、高齢の麗子だ。心配になった真一は、次の日曜に来なかったら家まで行ってみることにした。
そしてその日曜日、不安を抱えながら公園へ行くと、やはり麗子の姿はない。しばらく待ってから家を訪ねてみようと思い、いつものベンチに腰を下ろした。すると、見知らぬ若い女性が近づいてきて、控えめに声をかけた。
「あの――緒方さんですか?」
「はい、そうですが」
「私は白鳥麗子の孫で町井里緒奈と言います」
「ああ、どうも。麗子さん、お加減が悪いのでしょうか?」
「祖母は先週亡くなりました」
「えっ!……」
思いもよらない事態に、真一は言葉を失った。
「緒方さんとのデートの後しばらくして倒れました。よほど楽しかったみたいで、その話ばかり何度も聞かされました。そして倒れて病院に運ばれてからも、うわ言のようにスカイツリーの話をしていました」
「…………」
里緒奈はベンチの端に腰を下ろした。
「一時容体が回復して意識がはっきりしている時に、祖母は遺言のように私に言い遺しました。
自分が死んだら、いつもの公園に私がひとりで行って、緒方さんに自分の死を伝えるようにと。そうすれば、緒方さんは自分の気持ちをわかってくれるはずだからと」
どういう意味だろう? 真一は、突然、大切な人の死を知らされたショックで頭が回らない。
「それから、この指輪を形見分けだと思ってもらってもらうようにと」
そう言って、古いケースに入った指輪を差し出した。
「そんな大切な物をいただくわけには……!」
その瞬間、真一は気がついた。女物の指輪なんて真一には無用だ。使い道としては女性に渡すこと。つまりこの目の前の女性、孫娘に渡してほしいと言いたかったのではないだろうか?
「大変失礼ですが、里緒奈さんはお幾つですか?」
「二十三歳です」
「もっと失礼なことをお聞きしますが、お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」
「いいえ……」
恥ずかしそうにうつむいて答える里緒奈に、麗子の面影が浮かんだ。
「これからお線香をあげに伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。祖母も待っていると思います。それから――」
里緒奈は恥ずかしそうに付け加えた。
「あの――来週の日曜日もここに来ればまたお会いできるでしょうか?」
「ええ、もちろん。ここで麗子さんの話をすればきっといいご供養になると思います。
でも、もっと麗子さんが喜んでくれることは、この指輪をあなたに渡せる日が来ることだと思います。もしよろしければ、僕と付き合っていただけませんか?」
戸惑いながらもうれしそうにうなずく里緒奈の顔が一瞬、麗子の顔と重なった。
(麗子さん、お孫さんまで画数の多い名前で最後まで笑わせていただきました。
もうそちらで、ご主人にはお会いできましたか? スカイツリーの時のお礼を言われているでしょうね。本当に綺麗な夜景でしたね。僕も一生忘れません。
ところで里緒奈さんとのことはいつ頃から思いつかれたのでしょう? 聞いてみたいけれどもう無理ですね。
里緒奈さんは、麗子さんによく似ていらっしゃいますね。初めて会った気がしないのはそのせいでしょうか。
どうか、これからの僕たちを温かく見守っていてください。
麗子さん、本当にいろいろとありがとうございました)