記憶が意識を操作する
その思いを感じていると、梨乃が宿したであろう子供のことで悩んでいた自分を思い出していた。
――あの時も矛盾ばかりを考えて、考えが堂々巡りを繰り返して、結論が何も出なかったな――
中西は、久しぶりに梨乃の顔を見に行った。梨乃はゆかりが不治の病であることを知っている。涼子が話したのだ。一人で苦しむのが辛かったのだろう。
だが、梨乃が涼子にアドバイスしたことは、かなり的を得ていたようだ。
「記憶が意識を操作するんだって、梨乃に言われたわ」
と、涼子が話していたからだ。
そのことを聞いて中西は梨乃に会ってみたくなった。
もちろん、梨乃の中には、もう子供の記憶は残っていない。意識がないだけではなく、記憶からも消えていた。五年という歳月によるものなのか、それとも、ゆかりの成長に比例しているものなのか、梨乃の気持ちはなぜかゆかりの成長と比較できるものになっていた。
梨乃が二人の前から姿を消したのは、それから数か月後だった。なぜいなくなったのか不思議だったが、もっと不思議なことが起こったのは、それから一か月後のことだった。
病院にゆかりの定期検診に行った時のことだった。
「何とも信じられませんが、病気は治っています。現代の医学では信じられません」
と、医者自体も、何が起こったのか頭の中で整理できないほどの事実に驚愕していた。
それを聞いた二人は俄かには信じられなかったが、二、三日と検査していくうちに、病気が治っていることを確認できることで、実感が湧いてくる。
「一体、どうしたことなのかしら?」
拍子抜けした涼子とゆかり、この二人は次第に病気だったことを忘れていき、本当に記憶の中から消えていくことになっていた。
――これって自然消滅?
ただ、中西の意識からも記憶からも消えることはない。
「記憶が意識を操作する。それは中西だけができること」
今でも、中西の中で、みのりと木村さんの記憶が意識として残っていた……。
( 完 )
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作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次