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記憶が意識を操作する

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「そんな厚かましいことはしないでよ」
 と、かなりの高い確率で言われることは分かっていた。
 中西少年は、そんな大人の考え方は嫌いだった。
「誘われて断ったら、失礼に当たる」
 と思っていたのだ。
 もちろん、誘う方が本心から誘っているとは限らないだろう。だが、その時の中西少年には、どうしても、自分に都合よくしか考えられないところがあった。それが子供心というものなのかも知れないが、
――いつも素直でありたいな――
 という思いがあったのも事実である。その頃の中西少年には、素直という言葉ほど信憑性の高い言葉はなかった。それだけ自分を納得させられることをたくさん感じたいという思いを抱いていたのだろう。
 中西少年を見下ろしていた少女の名前は、中原みのりと言った。みのりは、近くのお屋敷に住んでいて、時々散歩に出かけていたということだが、その時たまたま見かけた中西少年が気になっていて、三回目に見かけたその日、声を掛けてみようと思ったようだ。
「お嬢様は、好奇心が旺盛なのですが、なかなか人に声を掛けることはいたしません。よほどあなた様が気になったのでしょうな」
 と、いつも彼女に付き添っている、自称「世話役」という、木村さんだった。
 下の名前を何というのかは知らない。みのりが木村さんとしか呼ばないので、中西少年も男性のことを木村さんと呼んでいた。名前も一般的に多い名前なので、木村さんと呼ぶ方が、却って違和感がないのかも知れない。
 中西少年は、みのりよりも、むしろ木村さんの方が話しやすかった。それは中西少年がみのりのことを女性として意識しているからなのかも知れない。ただ、まだ小学生の低学年。女性を意識するには早すぎる。
「小学三年生なんだね。私は五年生になるの」
 みのりを見ていると、お姉さんというイメージしか湧いてこなかったので、五年生と言われて違和感はなかった。むしろ、年上であってくれた方がありがたい。小学三年生の男の子が、同い年の女の子と何を話していいのか、想像もつかないからだ。年上であってくれた方が、話をしていても、相手がしてくれる話に頷いているだけでいい。それは実にありがたいことだった。
 みのりが屋敷に招いてくれると言われた時、最初はどうしようか、迷った中西少年だった。
「知らない人について行ってはいけません」
 という大人の忠告を間に受けていたのも事実である。実際にちょうどその頃、学校からも、言われていたことで、実際に先生が見回りをしていた。子供たちには、大人からの話は伏せられていて、情報として流れてきたわけではなかった。
 子供心に、テレビでニュースが中継されるごとに、
――せっかく楽しみにしていた番組が潰されるのは面白くない――
 と思っていた。
 考えてみれば、同じ小学生の女の子だとは言っても、身分が違っていると思えるほど、住む世界の違いを感じさせる女の子であった。
――他の同級生連中だったら、絶対について行かないよな――
 と感じた。
 これも、他の人と同じでは嫌だと思っている自分らしい。
「木村さんって、普段は無口なのよ」
 と、みのりは言っていたが、
「みのりお嬢様は控えめな方で、私以外の方とは、お話をなさいません」
 と、木村さんは木村さんで、みのりのことをそう表現していた。お互いに気を遣っているように見えるところが中西少年には見え、そこが面白い二人に興味を持った。
 見ていると主従関係が絶対に感じられるが、木村さんを慕っているみのりを見ると、中西少年の方でもついつい「木村さん」と呼んでしまうのだった。
 ただ、中西少年が自分から木村さんに直接話しかけることはなかった。どうしても、意識として、
――みのりの家の召使い――
 というイメージで見てしまって、自分と直接話をしてはいけないのだという気持ちにさせられる。
 しかも、木村さんに対しては、どう表現しようとも、意識としてはどうしても、
――召使い――
 ということになってしまう。それでは、せっかく木村さんと距離を置こうとしているのが台無しになってしまいそうだ。
 木村さんは、いつ、どんな時でもみのり中心であろう。みのりのことを第一に考え、それゆえ、みのりが中西少年に興味を持ったら、木村さんも、同じように興味を持つ気持ちになっていたに違いない。
 中西少年は、木村さんが小学生時代、どんな小学生だったのだろうか? と感じた。自分と同じくらいの時、どんなことを考え、どんな風に自分を納得させてきたのか、興味があった。
 ただ、直接話をしないと自分で最初に思った手前、想像でしかないことを、少し後悔していた。それでも、みのりのことを見ている上で、避けて通ることのできない木村さんとの気持ちの交流は、中西少年には大切なことであることに間違いはない。
 木村さんを見ていて、木村さんが子供の頃を思い出そうとするのと同時に、自分が大人になった時、
――木村さんのような人がそばにいたら、どうだろう?
 ということを想像している自分がいるのに気が付いた。
 ただ、木村さんを見ていると、どこか腹が立ってくるところがあった。小学三年生の時には、それがなぜか分からなかったが、小学五年生くらいになってくると、それがなぜだか分かってきた。その年齢が奇しくも、初めてみのりと出会った時の彼女の年齢と同じであったのは、実に皮肉なことだった。
――ということは、彼女にもウスウス何か気付くものがあったのかも知れない――
 と感じた。
 中西少年が気付いた腹が立つことというのは、
――どうしてここまでペコペコできるのか?
 ということだった。
 もちろん、仕事なのだから、仕方がないということも、小学年生になってくると分かってきた。小学三年生では、
――仕方がない――
 ということすら分からないのだから、ぺこぺこするのが従順だということ。そして、従順なことに腹を立てるという感覚がまだ分かっていなかった。
――三年生から五年生になるまでの間に分かっているというのは、その間に段階的にいろいろなことが分かってきたのか、それとも、どこか幼児期と、少年期の間に、どこか切り替わる一瞬があるのかのどちらかなのだろう?
 と、大人になるまでに考えてみたが、結局分からなかった。大人になってからでも、それは同じで、次第に、そんなことがどうでもいいのだという気持ちに変わって行くのだった。
 しかし、小学五年生になってから、木村さんに腹を立てるようになったということは、自分がそれだけ一匹狼であり、人のためになどということを考えるような人間ではないということに気が付いた証拠だった。
 ただ、小学三年生の時にみのりと出会った時、自分の人生が変わったように思っていたが、その変わったように思ううちの幾分かは、木村さんとの出会いも含まれているような気がする。
――みのりと木村さんとの関係から、木村さん一人であって当然だが、みのり一人だけと出会っていたとしても、自分にここまでの影響を与えることなどなかったことだろう――
 と、感じるようになっていた。
 中西少年が、みのりのことにもっと興味を持った原因の一つに、木村さんの存在があったのは捨てがたいことだった。
 しかも、木村さんを見ていると、
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次