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晴天の傘 雨天の日傘

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四 あの日のグラウンド



 「あまやどり」の外はまだ雨が降っていた。激しさは収まりしとしとと。実雨はマスターにサービスしてもらった特製ワッフルを平らげると、返してもらった日傘を手にマスターにお礼を言って店をあとにした。

 昼間のビーチでの晴天と比べたら嘘のように天を覆う雨雲は実雨の頭を追いかけるように行く先行く先で降り続ける。日傘を手に掛けたまま別の傘を差して家路につくため駅を目指した。携えた2本の傘という姿は端から見ればおかしく見えるが、実雨自身が受ける恩恵と効果を考えれば抵抗は全くなかった。
 
 雨の電車に乗って最寄りを降りての帰り道、近くの高校の横を通りかかると雨の中を元気よく声を出して走り回るサッカーの練習風景が見えると、実雨は足を止めてフェンス越しに見える高校生たちに自然と目が向く。
 思えば、高校生の頃はこうして雨の日に試合をしているのを何度か見た。

 晴れた日は外に出ると日光に当たるので、教室の窓から見る程度だったが、やっぱり近くで見たいときがあって、そんな時はこの日傘と雨用の傘を持って外に出た。そんな雨の日の試合で泥にまみれて一際輝いて見える選手が印象に残っていた。
「岸先輩――」
 思わず口から名前がこぼれ出た。目の前でプレイしている少年に記憶にある先輩の残像をダブらせて、二人をマッチアップさせてみた。
 的確なカット、動線を封じる位置取り、そして強烈な当り――。
 今の少年では彼を抜くことはできないだろうと実雨は見当を立てると、次は中学生の頃の自分が思い浮かんだ。
 相手が男子だろうと驕りに似た自信があったあの時、いちばん手こずった先輩が彼だった。他のバックスは技術で抜けたが、相性もあるけど彼だけは簡単に抜けなかったことは記憶に残っている。実雨の記憶では快晴が後ろにいれば前が安心できる、そんな印象が今もある。しかし、対戦できたのは一年の時だけ。快晴は二学年上だし、付属の中高だったから進学先は同じだったが、実雨は高校ではサッカーを泣く泣く諦めたからだ。
 
 それから美雨は心のどこかで快晴のプレーが気になって度々高校のグラウンドに行っては観戦していたが、どういうわけか雨の日が多く、印象として雨の日が色濃く刷り込まれている。
 泥くさいプレースタイルが好きだった。決してスマートでなくていい。がむしゃらに、ひたむきに、正面からぶつかっても倒れずに相手オフェンスを封じる姿に、自分にはできない憧れを感じていた。

「あの人ならリーグでもいいとこイケると思ったんだけどなあ……」
 実雨はクスッと笑うとディフェンスが抜かれ、フォワードの蹴り込んだボールがゴールを揺らすと同時にホイッスルが高らかに鳴り響いた。
  
 ふと思い出した昔の先輩、実雨は気になって少し歩くペースを上げて家路についた――。

作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔