晴天の傘 雨天の日傘
* * *
実雨の通う高校は違う路線の地下鉄に乗り換えるため、二枚の定期券を持っていた。
朝と同じように駅を降りて地下道を通って行けば日に当たらずに移動できるはずなのだが、この日に限って清掃とメンテナンスのため途中の地下道が使用不能になっていた。
「ええーっ、行きは通れたのになんで?」
強い日の光から逃げるようにたどり着いたのに、また炎天下に出て行かなければならない。実雨は言い様のない絶望感に疲れがドッと出るのを感じた。
「どっちにせよ、早く帰らないと干からびちゃうよぉ……」
美雨は薄手の白い長袖のカーディガンを羽織った。地下道の階段から降り込むように突き刺す太陽の光、実雨の足は鉛のように重い。ひさしからひさしへ、まるで飛び石をピョンピョンと飛び跳ねて進むウサギのように日の光を避けて前に進んだ。
「うう、暑い。光が痛い……」
ジリジリと照り付ける太陽、軽い実雨のバネは次第に消耗し、次のひさしに逃げ込むと勢い余って道路脇の柱に立て掛けていた金物のごみ箱を蹴飛ばすような形で当たってしまい、ごみ箱は急所を打たれたようにノックアウトして歩道にだらしなく転がった――。
「あ、すみません」
実雨は恥ずかしくなって周囲を見て、倒れたごみ箱を介抱して起こした。今回の蹴りではない強い衝突でごみ箱は元々へしゃげていて立ってもバランスは悪い。さいわい中は空っぽのようで内臓破裂は免れた。
ごみ箱がひとまず大丈夫と勝手に解釈した実雨は通りをぐるっと見回して現在地を確認しようとした。
「あれ……」不安と不思議が混じった気持ちが声になって現れた「ここは――どこ?」
現在地がわからないのだ。ひさしを伝って影から影へ移ったまでは覚えている。後ろを振り返ると、そこには恐らくこのごみ箱を設置したであろうちょっとアンティークな商店が建っている――。
「三猿堂――?」
実雨は古めかしい看板の文字を声に出して読んだ。木でできた看板の横の欄間には目利きができない実雨の目にも分かるほどの立派な三匹の猿が彫られている。
「何の、お店だろう」
たたずまいは古いが、きれいに整備が成されていて現代の都会の風景にしっかり溶け込んで違和感がない。ただ、この街で生まれ育った実雨にとって、ほぼ間違いなく自分が生まれる前からあった店を初めて見ることに不思議な感じがした。
窓から見える店内を見ると、装飾品から日用品まであらゆる物がところ狭しと、かつきれいに並べられている。ちょうど日の光を過剰に受けて肌が痒くなってくるのを感じた実雨は、目的は決めずに興味本位で店の戸を引いた――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔