晴天の傘 雨天の日傘
三 雨天の日傘
実雨は運ばれたコーヒーに鼻を近づけ、目を閉じて香りを感じると外から雨が降る音が聞こえてきた。
脇に置いた日傘を一度手に取り、まじまじと見つめた。
黒い布地に刺繍の入った、藤で編まれた持ち手の日傘。いつだったか、実雨は前回この店に来たとき、会計の際にレジで応対したマスターがこの日傘を見るや、傘を貸して欲しいと懇願された。
始めは躊躇したが彼の目に嘘はないこと、そして何となくこの店にとって自分が手にした傘が必要な場面があった気がしたので、暑い夏のピークも超えて来たことだしマスターにちょっとだけこの日傘を貸すことにした。
そういえば、あの時も雨の日だった――。雨の日に日傘を持っているから声をかけたのだろうか?
実雨は日傘を見つめて自分の内面に目を向けた。
この日傘は高校に上がりサッカーを諦めて気分がすぐれなかった頃に偶然見つけた店で買ったものだ。
そして実雨はコーヒーの香りと、日傘とその向こうに見える雨の町に、昔の記憶を重ねてみた――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔