晴天の傘 雨天の日傘
実雨は雨降りの街が好きだ。自身が患う日光アレルギーがすべての原因というわけではなく、晴れた日より人が少なく、雨の音とにおいが実雨の気持ちをなぜか鎮める。
このまま線を乗り継いですぐに帰ることができるのだが、まだ時間はある。そして空模様はさっき海にいた時とはうって変わっての雨――。実雨はこの時間をチャンスととらえ、傘も持たずに人が行き交う街に出ることにした――。
* * *
目的地は決まっている。街の本通りの一本裏手に入った雑居ビル。ひさしを伝って行くだけなので、傘を差す必要がないところにそこはある。
実雨がちょっとだけ身を外に出してビルの三階を見上げると、今日はしっかり灯りが点いている。
「ああ、やってるやってる」
実雨は安堵の息を吐いた。そこにあるのは喫茶店、店名は窓にひらがなで「あまやどり」と書いてある。これが本当かは直接聞いたことはないのであるが、店名が店名だけにこの喫茶店はなぜか雨の日にしか開店していない。いつの日だったか、晴れた日にここを訪ねた時は確かに閉まっていたが、たまたま定休日だったかもしれないし、実雨の身体では、晴れた日に外出することそのものが煩わしいし、雨が降っていなければ他の時間の使い方も選択肢としてある。
なので、結局この「あまやどり」が雨の日だけ営業しているか否かは、実雨の中では重要な問題ではないから結局巷の噂をそうだと思っているだけで、もし違っていてもどうでも良いことの一つだった。
今日の実雨はこの「あまやどり」に寄っていく用事があった。そして、強くなってきた雨の中、一歩だけひさしの外に出て、店のあるビルの入り口に飛び込むように入った――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔