晴天の傘 雨天の日傘
相席をすることになり、快晴の前に天野さんが腰を掛けた。快晴は目を合わせることができず、だまりこくって雨降る窓の外に目を遣りながら、今日は店に置いてある漫画を持ってこなかったことを後悔した。
じろじろとまでは行かずとも、目の前の彼女も快晴の様子をうかがっている。それを感じた快晴は、自分の動きがぎこちなくなるのを感じざるを得なかったが、互いに言葉を探して時間が徒らに過ぎた
「あの――」
沈黙の雰囲気を実雨が破った。快晴は目線を窓の外から店内に移した。
「岸、先輩ですよね？」
「そう――だけど」
快晴は返事をして小さく頷いた。続く言葉を考えたが、結局なにも思い浮かばず、ＢＧＭのジャズ音楽が合間を埋めた。
「私、後輩の天野実雨って言います」
「ああ、覚えてるよ――」快晴はクスリと微笑んで長い瞬きをした「中学の時、だったよね」
「はい、そうです」
快晴は彼女の屈託のない返事を聞いて、互いに牽制していた垣根が下がったのを感じると、自然に顔がほころんで行くのを感じた。
それから快晴は彼女の全身を一度見たあと再び窓の外を見た。雨はまだ降り続き、色とりどりの傘が踊っているように見える。
実雨と共通する記憶と言えば、中学の頃だ。同じサッカー部の部員で、快晴は努力で獲ったディフェンダーのポジション。彼女は入部早々注目された女子サッカー界のホープ、だった人だ。練習で何度かマッチアップになったが、彼女のボール回しに何度も翻弄された。
でも、彼女は中学でサッカーを辞めている。今も変わらずアスリート体型なのだが、それ以上に色白なのが不釣り合いなくらいだ。
「先輩は高等部でも、サッカーしてましたよね」
「ああ――」
高校の時、インターハイに出たから同時期の学生には記憶に残っているだろう。ただ、彼女はサッカー部にはいなかったし、雨の日でも観戦に来てたのも当時の部員じゃ有名な話だ。
「天野さんは高校では――」
それを言っていいのか分からなかった。でも、快晴には一進一退の展開は好きじゃなかった。
「ええ」
思い切って言った快晴の質問に、美雨は手を口に当てて一度はにかんだ。
「そうなんです。私、日光アレルギーで外がダメなんで、高校の時に止められました」
「そうだったんだ――」
「あ、気を使わなくていいですよ」実雨は快晴の気持ちが動く前に話を続けた。
「でも、サッカーは今も好きだから先輩たちの試合はよく見に行ってました」そこで実雨は快晴を見て微笑んだ「外で見れるのは雨の日だけだったですけどね」
そう言って実雨は窓の外に視線を移した。微笑む彼女の顔を見て、快晴は彼女にとっては雨の日が良い天気なのだと言っているような気がした。
「実はね……」快晴が返すと実雨も外からこちらに視線を戻す「根拠はないんだけど、僕って強烈な雨男みたいで、雨を降らせるのはどうやら僕みたいなんだ。ほら、今日の今の今の天気だってそう――、僕が降らせた雨なんだ」
二人は同時に笑いあうと、心地よいジャズのＢＧＭがゆるりと入ってきた。快晴も、雨の日でも悪くない日があることを彼女の笑顔から知らされたような気になって、目を合わすことができずに思わず窓の下で動き回る色とりどりの傘に目を移すと、それらが踊っているように見えた。
作品名：晴天の傘 雨天の日傘 作家名：八馬八朔