晴天の傘 雨天の日傘
五 レインバッカー
「いらっしゃいませ――」
店のカウベルが鳴ると条件反射のようにマスターのシブい声が来客の入店を労う。快晴は真っ先に「や」の席を目指して腰を掛けた。というより、今日は快晴の指定席しか空いていない。
普段ならいつものホットのコーヒーを注文し、待っている間はどんよりとした景色を眺めては気持ちを鎮め、そして、運ばれてきたコーヒーを片手に香りを堪能してさらに気持ちを落ち着かせるのだが、今日はヤキモキしてうまく気持ちが鎮まらない。
一口だけカップに口を付けたその瞬間、店の入り口のカウベルが鳴った。ささくれ立った快晴の気持ちでは振り向くことなく、窓の外をただ虚ろに見ていた。
「あのう」
人を呼ぶ声がする。それが自分に向けられたものと認識するのに一瞬の間ができたが、快晴は視線を店内に移す。店のウェイトレスが何か言いたいことがあるようで、快晴は何かと小さく返事をした。
「すみません、今日は店が混んでいるので相席よろしいですか?」
「え、ええ。どうぞ」
特に断る理由も無いことから快晴は合意の返事をおくると、あの日のデジャヴだろうか、ウェイトレスに案内されて快晴の前に席を案内されたのは、前回ここに来た時に偶然でくわした中学高校の後輩である、天野実雨さんだったのだ――。
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔