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赤い傘

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「どうして、どうしてこんなふうになっちゃったの?」
ぼくが聴きたいね?
おかあさんの泣き芸にも飽きた。
「お前は施設に行きたいのか?」
おとうさんのことばはいつも宙を漂っている。
次には言葉の足らなさを暴力で埋めるのか?
さすがに二人の教師の前では暴力は振るわなかったが。

ここにはもう、ぼくの居場所はなかった。
ふたりの教員がこう言い残して帰って行った。
「ご家族で穏やかに話し合う機会を持たれてはいかがですか?」

その言葉を真に受けたのか
突然おとうさんがこう言った。
「日曜日にドライヴに出かけるぞ、行きたいと言っていたよな?」
言ったっけ?
ぼくはきょとんとしたが。
けぃちゃんは、いつものようにあどけない笑顔で頷いた。
どうせ、おかあさんに言われて仕方なく云ったのだろう、おとうさんは
けぃちゃんの方を見て頷いた。
そしてぼくに一瞥くれると「わかったな」とだけ投げ捨てた。

“陰鬱な肌寒い道を進むにつれ、不快な熱に包まれ
やがて息苦しさを感じて口腔を広げて湿った空気を
肺にいっぱい吸い込む。すると更に不快な熱が溜まってしまった。”
 

一気に坂を登りきると、後から誰もついてこないのに気がつき、待つことにした。
すると後から来たのは大きなザックを背負い黄色いポンチョを着た二人連れの大柄な男の人たちで、
物凄い勢いで山道を登ってきた。ぼくが不安な顔をしていたのか、二人の男の人たちは、手を上げて
「妹さんとお母さんはまだまだずっと下にいたよ、この先に滝の展望台があるから。そこには東屋があるから雨を凌げるから。待っててあげて。」と云ってそのまま先に歩いて行った。この奥の山に登るのだろう。

そこから小さい坂を登ると道は平坦になった。
雨音が気にならなくなり徐々に水音が大きくなると、突然視界が開け河原に出た。
そこから少し下るように降りてゆくと、二人の男が教えてくれた滝の上の東屋が見えた。

東屋から見下ろす滝は正に荘厳で。
その水量に圧倒されて。
その風景の中に、ぼくは気持ちを落ち着けることができた。
その滝を両岸から抱え込むような樹木の放つマイナスイオンが心地よかった。

“しかし樹々はこの霧雨を喜んでいる。
この大自然の恵みを葉から枝からそして根から取り込み
新たな成長を続ける。いままで太古から続いている営みを
繰り返している。そこには意志などない。本能なのだ。”

“本当に? ”
 
そんな屁理屈は人間が後から放(ひ)りだした
御都合主義のお題目に過ぎない。
おまえの嫌いな教科書に載るような陳腐な考えだ。

 この霧雨に濡れながら 怏々しく聳え立つ樹木たちは。
広葉樹は大きく枝を張り出し大きな葉を生い茂らせて
水分と陽の光を以て光合成を繰り返し成長していく。
だが自らの巨体によってもたらされる陰によって
陽の光の影響が少なくても生きてゆける針葉樹に足元を
すくわれ、やがて広葉樹は針葉樹に取って代わられる。
しかし成長が著しく早く、幹を持つ必要のない蔦植物に取り絡まれて
やがて針葉樹も勢いをなくしてゆく。
大自然・・それはどっしりと構えているわけではない。
生きてゆくための。生存競争を日々繰り返している。
自らの成長を妨げるものに対しては、容赦ない攻撃を加え
その特性に合わない状況に追い込まれれば朽ち果ててゆくまで。

“おまえも陽の光を浴びたいだろう“

その声に、全身を電気が走ったような衝撃を受けた。
圧倒的な声の力に、全身が震えていた。
この樹齢数百年を超えそうな樹木の精がぼくに語り掛けてきたのか_。

“自らの成長を妨げるものを排除せねば、このまま朽ち果てていくだけだぞ。それでいいのか?“

野蛮で低いその声はぼくを叱責したが、おとうさんやおかあさんのそれとはちがった。

“そのための勇気を、おまえは持っている。”
“さっきのドライヴインで小刀を買ったばかりじゃないか”

後を追ってきたけぃちゃんが透明のコンビニ傘でぼくを背後から突いてからかった。 
あどけない笑顔で。
ぼくは表情を変えなかった。
すると今度は一度閉じた傘を開いて雨粒をぼくの顔に散らした。
あどけない笑顔で。
あぁ、いつものように、悪気はないんだろ。きみは。

「まさか、あんなことになっちゃうとはおもわなかったよねぇ」

次の瞬間、透明のコンビニ傘が赤く染まった。
どくどくとひっくり返った傘に赤い鮮血が溜まってゆくよ。

けぃちゃん_。
そんなにぼくのことが邪魔なのかい。
そんなにぼくが家にいてはいけないのかい。
そんなにぼくは存在してはいけないのかい。

さっきのドライヴインの民芸品コーナーで買ったんだ。
鉛筆が奇麗に削れるように練習しようと思ってね。
でもこの刃は削るより刺す方が向いているように思えてね。

けぃちゃん_。
どれほどぼくがきみのことが嫌いだったか!
どれほどぼくがきみのせいで追い込まれたことか!
どれほどぼくがきみのことを殺そうと思っていたか!
きみは考えたこともないだろう!

むかしむかしから。
きみのことがにくくて、にくくて、しかたなかったんだ!
おとうさんもおかあさんもきらいだったんだ!
でも、ぼくだけが家から離れたんじゃ面白くないじゃないか!

おとうさんが死んだら、経済的につらくなるだろ。
おかあさんが死んだら、おとうさんは暴力をつかう。
でも、けぃちゃんが死んだら・・べつにぼくはこまらない!
つかまっちゃう?
ま~だ未成年だし。

まぁおとうさんとおかあさんは発狂するだろうね。
別にそのあと、離婚してもいいし、自責の念にとらわれて自殺しても構わないよ。

ぼくには関係ない。

そんな顔してみるなよ。
いつものあどけない笑顔をみせてくれよ。
そのとき、久しぶりに感情が戻ってきた。
東屋から血塗れの傘が落ちてゆくよ。
そしてほら、もう一歩よろけてごらんよ。
けぃちゃんが滝壺に落ちていった。
ぼくにはその瞬間がスローモーションのように見えた。

赤い傘が落ちてゆくよ
雨の日に
赤い傘が落ちてゆくよ
滝に呑まれるように

まるで吸い込まれてゆくように
赤い傘が落ちてゆくよ
降り続ける雨の中
赤い傘が落ちてゆくよ

ぼくがナイフを崖に投げ捨てて、まるで妹の死を嘆くような半狂乱のような叫び声をあげると、
おかあさんがようやく東屋に辿り着いた。
おかあさんも半狂乱になって声を上げながら目をやると、滝壺は鮮血に染まっていた。
「いったいどうしたの?」
ぼくは何の気なしに山道を進んでいった男たちの方を指さした。
「あの二人組がけぃちゃんを殺したのね!」
ぼくは頷きもしなかったが、母親はその場でうづくまった。
「おとうさんにしらせてくる」
ぼくは母親を東屋に置いて、山道を軽やかに下った。
どうせ泣いて喚いているだけだ。
あなたにはほかになにもできやしない。
哀れなおかあさん。
不意にその滑稽さにいいようもない笑いが込み上げてきた。
薄雲りの雲間から一瞬、青空が顔を出した。
その空を見上げながら、ぼくはどうすべきか考えていた。
ナイフはもう1セットあるから・・。


作品名:赤い傘 作家名:平岩隆