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赤い傘

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Chopin Prelude Op.28-15 "Raindrop"
https://www.youtube.com/watch?v=qIqmd1g8GMQ

“赤い傘が落ちてゆくよ
雨の日に
赤い傘が落ちてゆくよ
滝に呑まれるように

まるで吸い込まれてゆくように
赤い傘が落ちてゆくよ
降り続ける雨の中
赤い傘が落ちてゆくよ”

だってけぃちゃんが算数で100点取ったからって。
ぼくには何の関係もないじゃない。
それで梅雨の晴れ間にドライブ行こうって_。
どうせ兄貴のぼくの点数はいつもながらの“残念な”76点さ。
ぼくにだって得意な教科もあれば苦手な教科もあるさ。

だからぼくは行きたくなかったんだ。
あんなに雨が降っていたのに。
おかあさんとけぃちゃんが行きたいって。
「おにいちゃんがまたグズグズ云ってる」って。
おとうさんも云った。
「グズグズ云ってないで、さっさと行って来いっ!」って。
だから仕方なく行ったんだ。

透明ビニールのさっき買ったばかりのコンビニ傘さして。
けいちゃんとおかあさんと、降りて行った。
おとうさんは駐車場に車を停めて休んでいるらしくて、出てこなかった。
あぁ朝から運転しづくしだったからね。

雨はますます酷くなってきた。
ガイドブックの隅っこに載っているような
ひとけのない森深くの滝なんて
誰も観に行くものなどいるもんか!

“深い森の中。
滝へと続く林道。
雨は降り続ける。“

森の中へと続く平坦な道を進んでゆくと
徐々に暗くなってくる。
樹々の枝葉に触れて溜まって大きくなった雨の雫が、傘の上に落ちるたびに大きな雨音を立てた。
おかあさんとけぃちゃんはそのたびに大きな声を上げておどけた。
ぼくはそんなものは怖くない。
怖いんじゃないのか_はしゃいでいるのか。
なにがそんなに楽しいのか、ぼくにはわからない。

“霧雨が降り注ぐ
森へと続く道を
濡らしている。
土は泥に、そして泥濘へと変わってゆく。“

そのうちに緩い坂道に差し掛かり、徐々に傾斜が増してきた。
そして山道に沿った階段が現われ、その頃になるとおかあさんの足取りが遅くなって
「後からついていくから、あんたたち先に登っていきなさい。」
おかあさんは山道の横の切り株に座り込んでしまった。
ぼくは、はーぃ、といい、歩を進めた。
ぼくは一歩一歩階段を登って行った。

“霧雨が降りつづく
とても肌寒いのに
不快な熱が籠ってゆく。
咽上がる息の中に、どっしりと根を下ろした木々の畏敬を感じる“

昔からぼくは“けぃちゃんのお兄ちゃん”だった。
妹は子供のころから・・幼稚園に入る前から
“かわいくて、頭がよくて、かっぱつなおんなのこ“だった。
それに引き換え、ぼくはいつも“あのけぃちゃんのお兄ちゃん”だった。
運動会でかけっこしても。いつも妹のけぃちゃんは一等賞で。
ぼくはいつも5番か6番だった。
合唱大会でもけぃちゃんはソロを歌い、ぼくは下の声を歌わされる。

いってみれば人気者の妹にくっついているだけの存在感の無い兄。
それが、ぼくだ。
皆はけいちゃんと話をしたがる。あ、あんた横にいたんだ・・。
それが、ぼくだ。
常に出来た妹の隣で、引き立て役の道化を演じている。
それが、ぼくだ。

あぁ昔からけぃちゃんは成績が良かった。
それに引き換えぼくは昔から・・“残念な“出来だった。
国語・算数・理科・社会・・おまけに体育も音楽もだ。
口喧嘩すれば簡単に負ける。
いまじゃ、こちらから手を上げようものならお母さんに告げ口され
おとうさんに血反吐を吐くほど殴られる。

リアルがこんな感じだから。
ぼくの世界は深夜放送になった。
リクエスト曲をメールしたのが始まりだった。
お気に入りのアイドルのDJにラジオネームを読まれたときは
電気が走ったような衝撃だった。
それから毎週メールを送るようになって、いつしか「職人」といわれるようになった。
そんな彼女が国民的アイドルグループOMG48から脱退し、地下アイドルになって。
一時期寂しい思いもしたが、ネットの生放送で復活した時には心から喜んだ。
ぼくは再び「職人」になった。それだけじゃない。
彼女が映る画面に横切る文章も熱心に書き込んだし。

だが、いつのまにかぼくは微妙な立場に置かれてしまった。
同じリスナーの心無いひとことで。
「南京虫、最近うざくね?」
するとそれまで仲間を装っていた多くのリスナーが罵詈雑言をラジオネーム“南京虫“に投げかけながら襲いかかってきた。それは放送中に止まらず、2ちゃんねるやらまとめサイトやら。南京虫は、こんなやつ、だの。実は童貞をこじらせた中年男、だの。誹謗中傷は止まるところを知らなかった。

それらの出来事でぼくは一時的に居場所を失った。だがそれはリアルとはかけ離れたところのもので。

おにいちゃんって「南京虫」じゃないの?

けぃちゃんのその言葉に心臓が止まる思いがした。
動揺を隠して、なにそれ?と切り返せば
「寝言で叫んでたよ」
隣の部屋で寝ているけぃちゃんに聞かれたのか・・!

それからリアルは地獄に変わった。
見た目より過激なんだなアイツ・・地下アイドルの追っかけやってるらしいぜ。
だって、彼氏にクスリ盛られてグループをクビになったやつだろ?ヤリマンだぜ。
あぁAV出演も時間の問題だな。
妹の話じゃアイドルの名前をさ、叫びながらシコッてたらしいぜ。
ぼくの社会的な立場なんてあっという間に吹き飛んだ。
だが家に帰れば・・。

おかあさんはぼくをまるで汚いものを見るような目で見る。
過激な画像なんてないアイドルのグラビアの載った雑誌がぼくの部屋の戸棚から見つかった・・・。
え!掃除したのかよ!
それをチクったのは、間違いなくけぃちゃんだ。
「この子が好きなの、あなたは?」
「地下アイドルってなんなの?不潔よ!
いやらしいことをしているに決まっているわ!」
抑圧と偏見そしてあまりに飛躍した決めつけ。
そして母親は声もなく泣き出し、おとうさんにバトンが手渡される。
「馬鹿野郎、こんなもんにウツツを抜かしてる暇があったら勉強しろっ!」
多くともこれ以上の言葉を発しはしないおとうさんは、他の感情表現を拳であらわす。
“青タンは男の勲章“とはよく言ったものだ。
だがそれは相手が子供の喧嘩相手であって、父親となると思いもしない問題が浮上する。
いつもはぼくのことを歯牙にもかけない担任の教師が、児童虐待の疑いがあると言い出した。
次の日には教師が二人ほど家に来て、児童相談所への送致を検討するように言った。
「少しの間でも、お子さんと離れた環境に居られたほうがよろしいのでは?」

ぼくがなにか悪いことしたか?

知らぬ間にぼくには表情が無くなっていた。
感情・・感情的になることに疲れた。

アイドルのCDを買って、投票して、ネットの生放送を観て、メールを出して
雑誌を買って、グラビアを観てマスターベーションをして。
それがいけないのか?
あぁ、ぼくがなにをしても悪いんだな?
ならばどうとでもするがいい。
そのときから感情を捨てた。
そんなぼくを見たおかあさんはまた泣き崩れた。
作品名:赤い傘 作家名:平岩隆