The Zone
飛鳥は祈るような気持ちでボールの行方を見守るが、ボールは無情にも失速し、クロスバーの僅かに下を通過した。
フィールドゴール失敗……。
日本の大学や社会人とプロではそこが違う、ボールをはたきに来る選手の体格と身体能力が段違いなのだ。
その事は充分にわかっていたし、そのつもりで高い弾道で蹴る練習もして来た。
長身のラミレスが跳ぶことも想定内、その分高く蹴り上げたつもりだったのだが……。
ラミレスの気迫が普段より勝っていて、飛鳥が蹴り上げたボールは僅かに低かった。
タイムアップ、前半終了、バンデッツは絶好の勝ち越しのチャンスをモノに出来ず、同点のままハーフタイムを迎えることになった。
ハーフタイムのロッカールーム。
ヘッドコーチから士気を高めるための檄が飛び、その後、オフェンスチームとディフェンスチームに分かれて前半の分析と後半へ向かってのプランが伝えられる。
こんな時、キッカーは蚊帳の外だが、コワルスキーが話しかけてきた。
「気にするなよ」
「いや、でも……」
「いいか? 50ヤード超えのフィールドゴールはイージーじゃない、もう10ヤードボールを進められなかったオフェンスにも責任はあるし、ラミレスを自由にさせたラインにも責任はある、第一、ラミレスはNFL屈指の選手だ、奴でなければあのチップはなかった」
「自信はあったのに……」
「ああ、チップされなければ明らかに決まっていた、俺が蹴っていても結果は同じさ」
そうは思えなかった、コワルスキーならもっと高く蹴り上げても充分に届く距離、そして彼のパワーをもってすれば仮にチップされても弾き飛ばしてフィールドゴールを決められただろうと思う。
「いいか? 今一番やっちゃいけないことは、失敗を引きずることだ、切り替えて行け……そうだ、この試合に勝ったらデンバー一のレストランで飯をおごってやる、美味いステーキでも思い浮かべて気持ちを切り替えるんだ」
「わかった……」
飛鳥はそう答えたものの、試合での3点とステーキでは重みが違う、飛鳥は失敗を引きずったまま後半に入ってしまった。
後半はバンデッツのキックオフ。
飛鳥は再びコーナーを狙って蹴るが、ほんの少し脚が萎縮したのだろうか、狙いよりも5ヤードほど距離が出なかった。
キックが少し短いことを見て取ったバンデッツの第一陣は少し意気込み過ぎたようだ、リターナーの元へ一気に詰め寄ったのだが、鋭いカットでかわされてしまった。
しかも、第一陣と第二陣の間が少し間延びしたのも良くなかった、加速のついたリターナーを仕留めるのは第三陣の加勢を待たなくてはならず、ボールは一気にバンデッツ陣内40ヤード付近まで進められてしまった、いきなりのピンチだ。
このピンチに、バンデッツの守備ラインは燃えた。
相手のラン攻撃を立て続けにぴたりと止め、第3ダウン、ロッキーズはセオリーどおりのパス攻撃、読み切っていた守備ラインはロッキーズのパス・プロテクションをこじ開けてクォーターバックを追い回す。
しかし、プレーが崩れたことが却って僅かな隙を生み出してしまった。
もうパスは無理と見たバンデッツのコーナーバックはクォーターバックを仕留めようとレシーバーを放してしまったのだ。
逃げ惑いながらの苦し紛れのパスだったが、レシーバーがフリーになっていること気付いたセイフティのカバーも一瞬間に合わず、バンデッツはタッチダウンパスを許してしまった。
この時点で7-13とリードを許し、エキストラポイントの15ヤードフィールドゴールは95%の確率。
しかし、ここで2015年度、史上初となる二つのポジションでオールプロに輝いたマクドナルドが大きな仕事をやってのけた。
マクドナルドは相手のブロックをはねのけると、キックされたボールの軌道めがけて飛び込んだのだ。
フィールドゴールブロック! 得点は7-13のまま。
ロースコアの勝負となったこの試合での1点の重みは大きい。
その後、バンデッツがタッチダウンを挙げて14-13と逆転すると、ロッキーズも意地を見せてフィールドゴールを挙げ、14-16と再逆転、緊迫した試合が続く。
そして、残り58秒で攻撃権を手にしたバンデッツ。
エース・クォーターバックのカーティスは、3年目の今シーズン、勝負強さを格段に増していた。
しかも、ここに至ってロッキーズの守備に微妙な隙が生じた。
残り時間僅か、ここで一番怖いのは一発でタッチダウンに結びつくロングパス、しかもバンデッツにはカッパーとクラブマンと言う危険なレシーバーも揃っている。
パスに備えるディフェンスバック陣は、どうしてもレシーバーとの間にワンクッション置いて、堅実に守ろうとする意識が生じる。
逆転に必要な点数は3点、タッチダウンはいらない、フィールドゴールで充分だ。
カーティス右に左にミドルパスを投げ分けて堅実にボールを進めて行った。
ロッキーズ陣内36ヤード地点で残り12秒、第3ダウン。
フィールドゴールの確率を上げるためにあと5~6ヤード欲しいと、エースランニングバックのマレーバを走らせるが、ラミレスの好守に阻まれてしまった。
残り3秒。
バンデッツは最後のタイムアウトを取り、全てを飛鳥の右足に託した……。
ハドルに向かう飛鳥は、足もすくむ思い……。
このキックが決まれば14年ぶりの地区優勝、外せばここでシーズン終了なのだ。
「落ち着いていけ」
「大丈夫、お前ならきっと決められるさ」
「ラミレスは任せておけ、ラインで押し込んで跳ばせないさ」
仲間が次々と声をかけてくれるが、それさえも遠くから聞こえてくるかのようだ。
ハドルが解かれ、キック地点にスタンバイする。
「命まで取られる訳じゃない、命まで取られる訳じゃない」
魔法の呪文も効果は薄く、飛鳥は自分の動きがギクシャクしているように感じてしまう。
そして、ロングスナッパーのコンドルがボールに手をかける。
と、審判の笛が鳴った。
「タイムアウト! デンバー」
ロッキーズのサイドラインからのタイムアウト。
キッカーの集中力を削ぐために、こう言ったプレッシャーのかかるキックの場面で相手チームがタイムアウトをとるのはNFLではしばしば見られる作戦。
しかし、緊張のあまり集中しきれていなかった飛鳥にとっては、むしろ有難かった。
一旦サイドラインに戻ると、コワルスキーが肩に腕を廻して来た。
「おい、緊張してるな」
「ええ、正直、脚がすくんでます」
何か緊張を解くような言葉を半ば期待していたのだが……。
「もっと自分を追い込め」
「え?」
「このシチュエーションで緊張するな、リラックスして行けなんて、キッカーを経験した者にはとても言えない、お前のキックにバンデッツの今シーズンがかかってるんだ、善戦と勝利は紙一重かもしれないが、結果は天と地の違いだ、わかってるだろう?」
「それはもちろん……」