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The Zone

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 NFL初の日本人選手、そのデビュー戦がいきなり優勝とプレイオフ出場がかかる大事な一戦なのだ、緊張するなと言うほうが無理だ。

 コンコン。
「どなた?」
「俺だ」

 ドアをノックされ、飛鳥がドアを開けると、入ってきたのはコワルスキーだった。
「緊張してるな」
 飛鳥が腰掛けていたベッドに並んで腰掛けるなり、コワルスキーが言う。
「ええ……正直、緊張してますよ、とてもじゃないけどあなたのようには落ち着いていられない」
「俺だって大事な試合の前には、いや、全ての試合の前には緊張して落ち着けないさ、17年やって来ても慣れないね……だけど物は考えようだ、仮に自分がミスして試合を落としたとしても、命まで取られるわけじゃない、違うか?」
「それはそうですけど……」
「今のチーム状況は最高だ、若い選手がリーグを代表する選手に育って来ている、もし今年ダメでも来年また必ずチャンスが巡ってくるさ」
 その言葉に、飛鳥は少し不満を感じた。
「なんだか僕が失敗するような口ぶりですね」
 コワルスキーはしばらく飛鳥を真顔で見つめていたが、ふっと軽い笑みを浮かべた。
「キャンプの頃は謙虚なばかりで自己主張の乏しい奴だと思ったが、この半年でプロのフットボーラーらしくなったな……お前の実力は良く知ってるよ、平常心さえ保てればお前はつまらないミスをするようなキッカーじゃない、正直、ポジションを奪われるんじゃないかと恐怖も感じてたよ、その意味ではお前に活躍して欲しくない気持ちがないとは言えないな、だけどその反面、ウチは長いこと低迷してた、俺はバンデッツが大好きだし、仲間と一緒に勝利の美酒も味わいたい、それとな、俺もやっぱりスーパーボウル・リングが欲しい、ようやくそのチャンスが巡って来そうなんだ、本音を言えばもう一年待ちたくはないな」
 スーパーボウル・リングとは、全米王座決定戦・スーパーボウルに勝利して全米NO.1に輝いたチームが、その記念として選手やコーチ、スタッフに配る指輪、プロフットボールの選手ならば喉から手が出るほど欲しい栄光の証、バンデッツが最後にスーパーボウルを制したのは1984年、もちろんその頃から在籍している選手は皆無だ。
 飛鳥はコワルスキーが腹を割って話してくれたことが嬉しく、また光栄にも思った。
 そして、17年目のベテランですらも試合前には緊張すると聞いて、気持ちが落ち着いてくるのも感じていた。
「わかりました、もちろんキッカーだけの力で勝てるわけじゃないですが、得点のチャンスは決して逃しませんよ、たった今、あなたにリングをプレゼントして、来年は対等にポジション争いをするのが僕の目標になりました」
 それを聞いて、コワルスキーは笑みを浮かべて立ち上がった。
「俺はチーム内に強力なライバルを作っちまったらしい、だけど俺も負けないぜ」
「ええ、望む所です」
 そして、コワルスキーはドアの手前でもう一度振り返って言った。
「だけどな、ミスしても命まで取られる訳じゃないってのは本当だぜ、俺はいつもそう自分に言い聞かせてフィールドゴールに向かうんだ」
「わかりました、肝に銘じておきますよ」
「ああ……じゃぁ、明日の試合は任せたぜ」
「ええ、明日だけじゃなくてスーパーボウルまでですが」
「ははは、言うようになったもんだ」
 そういい残してコワルスキーは出て行き、飛鳥はすっかり落ち着きを取り戻していた。


 そして迎えたレギュラーシーズン最終戦、デンバー・ロッキーズの本拠地、マイルハイ・スタジアムのスタンドが76,000人の観衆で埋め尽くされる中、ロッキーズのキックオフで試合は始まった。

 バンデッツは攻撃力に優れるが、パスディフェンスにはやや不安を抱えるチーム、対するロッキーズは鉄壁の守備を誇るが、クォーターバックに人材を欠き、パスオフェンスにやや難のあるチーム。
 バンデッツの攻撃はボールを進めることが出来るものの、ここぞと言う場面でロッキーズ守備陣の踏ん張りに会い、やや不安のあるバンデッツのパスディフェンスだが、エースクゥーターバック不在のロッキーズは攻め切れない、試合はロースコアの展開となった。
 第1クォーター終了間際、先に得点したのはバンデッツだった。
 エースランニングバック、マレーバの45ヤードランを足がかりに、最後はクォーターバック、カーティスからワイドレシーバー、ロバートソンへのタッチダウンパスが通ったのだ。
 飛鳥のNFLで初めてのプレーは、タッチダウンを決めたチームに与えられるエクストラポイント、15ヤード地点からのフィールドゴールだ。
 これはプロならば95%以上の確率で決める、飛鳥もこの距離ならば絶対的な自信がある。
 とは言え、初めての出番、飛鳥の心臓は高鳴った。
「外した所で命までは取られない、命までは取られない」
 飛鳥は小さくつぶやきながらロングスナップを待った。
 ロングスナップ、ホールド、何度も練習してきた一連の動作はよどみなく正確、飛鳥もタイミングぴったりで走りこみ、迷いなく右足を振りぬいた。
 ど真ん中!
 初めてのキックを成功させた飛鳥は胸をなでおろし、ぐっと落ち着いた。
 続けてバンデッツ、飛鳥のキックオフ。
 デンバーのスタジアムはマイルハイという名のとおり、標高1600メートル、乾燥した空気はボールを気持ち良く飛ばしてくれる。
 飛鳥が蹴ったボールは高い弾道を描いてコーナーめがけて飛び、バンデッツのキッキングチームは相手リターナーのリターンを敵陣13ヤードに押し留めた。
 上々のスタート。
 松葉杖をつきながらサイドラインで見守るコワルスキーは小さく笑みを浮かべたが、すぐに厳しい表情に戻る。
 しかし、それも当然だ、まだ試合は始まったばかりなのだから。

 その後、ロッキーズにタッチダウンを返されて7対7の同点で迎えた前半終了間際のドライブ、カーティスからワイドレシーバー、カッパーへのロングパスが決まって敵陣40ヤードまでボールを進めたが、そこからロッキーズの堅い守りに会ってボールを5ヤードしか進められずに、前半の残りは3秒、バンデッツはタイムアウトを取り、勝ち越しのフィールドゴールを狙って飛鳥を送り出した。
 ボール・オン敵陣35ヤード、実際のフィールドゴールは52ヤードになる。
 通常、30ヤード以内がフィールドゴール・レンジと言われ、それを越すと難しさは急勾配を描いてアップする、35ヤードからならプロでも成功率は4~50%と言った所、成功を期待されるが、失敗してもミスと責められることはない。
 だが、飛鳥には決めてみせるという自信があった。
 
 ボールがスナップされ、ホールドまで何の問題もない、飛鳥のタイミングもぴったり。
 飛鳥は自信を持って右脚を振りぬいた。
 が……しかし……。
 相手ラインバッカーのラミレスは191センチの長身に加えて抜群の身体能力を誇る、そのラミレスが思い切りジャンプし、ボールをはたこうと高く差し上げたその指先にボールが触れた。
(しまった!)
 飛鳥は内心舌打ちしたが、ボールはゴールめがけて飛んで行く、狙いは正確でコースは問題ない、後はクロスバーを越えてくれるかどうか……。
(行けっ! 届けっ!)
作品名:The Zone 作家名:ST