小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

家族の季節

INDEX|13ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

妻の冬(一)


 思い通りになったはずだった――
 ひとりを満喫するつもりだった葉子は、婚活サイトを覗く毎日を送ることとなった。
 
 
 一年で最も寒い時期のせいもあるのだろうか、早くも、葉子はひとり身が身に染みてきた。
 親元を離れて独立した時の感覚に似ている。自由を得た代わりに言いようのない淋しさと心もとなさに襲われた。その上、若い頃とは違い、これからどんどん歳をとるのだという不安がそれに追い打ちをかける。
 康夫の計らいで経済的に困ることはなかった。直人夫婦もいる。でもやはり、夫婦という最小単位は特別なものだったように思う。今までいるのが当たり前すぎて気づかなかったが、支え合う相手がいないということは、こんなにも頼りないものだったとは……
 友だちと旅行にでも、と考えたが、熟年離婚のことを話すことになるかと思うと気が引ける。それに、孫の世話で忙しいと書かれた年賀状を何通か見かけた。
 ああ、退職したダンナとあちこち旅行に出かけているという友人もいたっけ……
 
 そんな中、理恵子が男の子を出産した。
 葉子は奈津の世話をしながら、病院へ通う日々を送った。そして、一週間後に理恵子が退院してからは、家事に育児の手伝いにと慌ただしい毎日で、余計なことを考えずにすむことが葉子には有難かった。
 しかし、だんだんそんな生活にも慣れてきてペースをつかめるようになると、このままでいいのかとまた考えだすようになった。このまま孫の世話をして年老いていくのだろうか……
 ちょうどそんな頃、テレビで中高年の婚活ブームを取り上げているシーンを見た。シニア向けの婚活パーティーも盛況だと番組は伝えている。葉子の目は釘付けになった。自分も婚活する資格があると気づいたからだ。
(ちょっとオシャレをして食事をしたり、山にハイキングに行ったり、映画を観たり――そんな相手が欲しい。まだ茶飲み友達という歳ではない、もっとアクティブにちょっとしたデートくらい楽しんでみたい。そして、できれば心の支えになってくれる人に巡り合えれたら……)
 
 早速、葉子はある婚活サイトに登録してみることにした。しかし、年齢欄を打つ時はさすがに気が引けた。いくらシニア向けサイトとは言え、女としてはどうどうと公表しにくい年齢である。でも四月になれば五十八歳と表示されてしまう、少しでも早く始めた方がいい。六十代に近づくという不安は大きかった。
 このことはみんなに秘密にするつもりだったが、家を空けることが多くなると思い、理恵子にだけそっと打ち明けた。実の娘でない分、こういう話はしやすい。
「お義母さんはまだまだお若いですから」
と励ましとも慰めとも取れる言葉をかけてもらった。
 家事が一段落すると、寝室にノートパソコンを持ち込み、ちょっとワクワクしながら男性のプロフィールを覗いてみた。あまりの数の多さに驚き、これならいい人が見つかるかもしれないと期待が持てた。ところが希望条件を入れて検索をかけると、その数はぐっと減った。でも最初ぐらい高望みをしてもいいのではないか、本当に気に入った人と出会いたいのだから。
 ようやくひとり気になる相手を見つけたが、そこで葉子の手が止まってしまった。
 メル友募集とは違う。婚活サイトとなるとそう簡単に行動に移せないことに気がついた。本名でのやり取りになるし、プロフィールも明かすことになる。それに互いの年齢を考えると、若い人たちのように気軽に会話を楽しむのは難しそうに思える。距離を置いた重い雰囲気が想像された。
 葉子はしばらく様子を見ることにした。とりあえず誰かからのアプローチを待ってみてからにしよう、と。
 
 翌日、早速一人の男性からメールが入ってきた。年齢は六十五歳、写真とプロフィールを見て、葉子はサイトに備え付けの「ごめんなさいボタン」を押した。とうてい会ってみる気になれなかったからだ。
 初めはもちろんメールのやり取りからで、会うのは次の段階になるのだから、メールを交わしてみないとその人のことはわからない。写真やプロフィールだけで、相手がどんな人かなんてわかるわけはない。でも、やはり心に感じるものが欲しい。それに、メールをやり取りしてからの断りはし辛くなるだろうから、そう気軽にメールを始めるわけにはいかなかった。
 昼間は家事や子育ての手伝いに追われ、夜はパソコンを覗くのが葉子の日課になった。もう何回「ごめんなさいボタン」を押しただろう。それでも婚活をしているという妙な充実感があって、生き生きと直人たちとの同居生活を送れた。
 
 ある日、そろそろ自分の方から行動してみようかと葉子は思った。登録してひと月が過ぎ、声をかけてくれる人の中に自分が求める人は現れないように思えてきたからだ。
 最初から気になっていた男性、会ってみたいと思った二才年下の山口正也に、思い切ってメールを送った。
 
『初めまして、根岸葉子です。
 こちらに登録して初めてのメールです。
 正也さんのプロフィールを拝見してお話してみたくなりました。
 どうぞよろしくお願いします』
 
 今まで断ってばかりきたが、送る方の側に立ってみて、初めて断られるのではないかという不安がどれほど大きいかがわかった。それとも回数を重ねれば慣れてしまうことなのだろうか? 一度でうまくいくという方が無理な話なのだから。
 
作品名:家族の季節 作家名:鏡湖